2021.03.21
# 本

パンデミックを経ても、「医学至上主義のユートピア」は訪れない

『ハーモニー』から『るん(笑)』へ

未曽有の危機と文学の想像力

COVID-19の流行は、現代科学の死角からの不意打ちだった。

人類は新しい病原体と戦うための治療薬やワクチンを持たないだけでなく、その流行を抑えるための直接的なエビデンスも持っていなかった。エビデンス不在の病態が、エビデンスの蓄積をはるかに上回る速度で拡散し流行する、その恐怖。現代科学ががっちりと根を張った今日の世界とて決して安全地帯ではないことを、我々は思い知らされることになった。

現代科学がその体制を持ち直すまでのあいだ、巷では多種多様な真理が乱立した。真理と真理は時に激しく闘争した。「専門家」を名乗る者同士の意見が、真っ向から対立することもしばしばあった。どの意見を支持すべきかは、一般人にはもちろんのこと、医療者でさえ判断しがたい状況が続いた。いや、状況はいまもそれほど変わらないかもしれない。文字通り、世界中が混乱に陥った1年間だった。

昨年4月、緊急事態宣言下の新宿〔PHOTO〕Gettyimages
 

未曽有の危機に直面したとき、混乱のなかで人類はなにを考え、どう動くのか。

今日のような危機的状況においては、文学作品の素晴らしい想像力が思考の足掛かりになることがある。流行からこの方、アルベール・カミュの『ペスト』のようなパンデミックを題材とした文学作品が再流行し、書店でも平積みされている状況だ。

そんなさなか、わが国では医療を題材にした驚くべきSF小説が出版された。SF作家、酉島伝法の連作短編集『るん(笑)』である。

同書に納められた作品は、いずれもCOVID-19の流行より前に書かれたものである。にもかかわらず、それらは今日我々が置かれたSF的な状況をあまりにも鮮やかに予言し、あらゆる古典的医療SFを時代遅れの遺物にしようとしている。健康と医療をめぐる想像力は、今、新しい展開を迎えている。

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