「将軍の顔」にも影響! 大奥における「正室」「側室」の顔の違いを分析

日本の「美人」はなぜ細面なのか
馬場 悠男 プロフィール

貴族顔が行きすぎると、命取り!?

さて、将軍が育った大奥における顔の変化は、過度に軟らかい食物を食べるという食生活の影響も大きかったことも忘れてはならない。食生活の影響による口腔の変化は、健康状態に結びつく。

八代将軍吉宗の生母で紀州藩主徳川貞光の側室であった浄円院は庶民型の顔で、高齢にもかかわらず遺骨には大部分の歯が残っていた。

それに対し、京都の宮家出身の九代将軍家重の正室であった証明院は、死産により早世しているが、その顔は華奢で、遺骨には若いにもかかわらず下顎切歯がなくなっていた。おそらく歯周病が進んでいたと思われる。

【写真】浄明院と証明院の復元像浄明院の復元像(上)と、証明院の復元像。寛永寺・谷中墓地の徳川家御裏方霊廟の改葬時の調査から復元したもの

さらに、貴族や大名ではなくとも、階級が事実上固定されていた江戸時代には、食生活が豊かさによってずいぶん違っていて、その影響が顔にあらわれてきた。最近、国立科学博物館の坂上和弘氏の研究により、江戸時代は庶民でも身分あるいは所得によって、顔が違うことがわかった。高価な甕棺(かめかん)に埋葬されていた人々と、安い早桶(はやおけ)に埋葬されていた人々の顔を比べると、前者の顔のほうが細長くなっていたのだ。

こうした顔の形、特に口腔(下顎骨や歯、内腔容積)が、縄文人のしっかりしたものから、古墳時代、中世を経て、江戸時代に至るまで徐々に小さくなっていくことが、遺骨から見ることができる。しかし、将軍や大奥の貴人、公家などの特別な人を除けば、昭和の中頃までは大きな歯並びが大きく乱れた人は少なく、総じて健全な咀嚼機能を持っていた。危惧すべきは、昨今の若年層では、かつての将軍や公家よりはるかに小さくき弱な口腔を持ち、歯並びの悪い人が増えていることだ。

本来、渡来系弥生人の影響を強く受けている本土日本人の大部分は、世界中の人々の中でも歯が大きく、歯槽骨の発達が充分でないとすべての歯が並びきれなくなり、甚だしい場合は乱杭歯になってしまう。また、下顎骨の発達が未熟だと、口腔容積が十分な大きさにならず、睡眠時無呼吸症候群になりやすく、心筋梗塞や脳梗塞の引き金となりかねない。

ヒト属の進化の重要なポイントとして口部(口腔)の発達を、先日の記事で取りあげたが、現代、そして未来に連なる私たちヒトの健全なあり方も口部が重要な鍵を握っている、といえるだろう。

「顔」の進化
あなたの顔はどこからきたのか

【書影】「顔」の進化

そもそもなぜ顏があるのか? 顏は何をしてきたのか? 太古の生物の体の最先端に、餌を効率よく食べるために「口」ができたときに、顏の歴史は幕を開けた。その後の激動は、いかにしてあなたの顔をつくったのか?

思わず鏡を見たくなる、顏に刻まれた進化の妙!

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