Photo by © Museum of Flight/CORBIS/Corbis via Getty Images

ジェット旅客機の開発にも影響を与えたソ連初のジェット爆撃機「Tu-16」が初飛行

サイエンス365days

"サイエンス365days" は、あの科学者が生まれた、あの現象が発見された、など科学に関する歴史的な出来事を紹介するコーナーです。

ソ連初のジェット爆撃機

1952年の今日(4月27日)、旧ソビエト連邦の爆撃機「ツポレフ16」(Tu-16)が初飛行を行いました。

冷戦時代、アメリカとソ連は終わりの見えない軍拡競争に邁進し、敵の国民と領土に壊滅的な被害をもたらす核兵器と、それを敵国まで確実に届けるための戦略爆撃機や大陸間弾道ミサイルの研究を進めました。第二次世界大戦後すぐに設計局(ツポレフ)で開発が始まったTu-16は、ソ連初のジェット爆撃機となりました。

Tu-16はもともとTu-4の改良型として生産され、その源流を辿るとアメリカの戦闘機B-29に行き着きます。ソ連はアメリカ国内に多くのスパイを抱えており、ときには機密性の高い軍事研究所からも情報を盗み取っていたといわれます。

Tu-16は既存の機体の改良型のため設計にかかった時間が少なく、また汎用性も高かったため、魚雷搭載型から核ミサイル搭載型に至るまで数多くの派生機が生産されました。

1956年には、Tu-16を民間用旅客機に改造したTu-104の運用が開始され、多くの共産国・友好国に輸出されました。ボーイングやダグラスといった航空会社がジェット旅客機を開発途上であった時代のデビューとなり、西側諸国に衝撃を与えました。Tu-16は合計1509機が生産され大ヒットしましたが、ソ連崩壊と前後して命運が断たれ、90年代までに軍用機・旅客機ともに退役を迎えました。

ツポレフ16(Tu-16)Photo by Getty Images

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