©カラー/エヴァンゲリオン公式Twitterアカウントより
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『シン・エヴァ』、優しい「ネタバレ配慮」がネットに溢れる「独特の理由」【ネタバレなし】

【注意】本記事は、『シン・エヴァンゲリオン劇場版:||』の内容にはまったく触れていません。普通の意味での「ネタバレ」を避けたい人でも、安心してお読みいただけるはずです。とはいえ、余計な情報を入れずに『シン・エヴァ』をまずは真摯に味わいたい方は、この種の記事すらも避けたほうがいいかもしれません。

シン・エヴァンゲリオン劇場版:||』が、延期を重ねに重ねてようやく公開された。多くの熱狂的ファンに支えられ、文化史にその名が刻まれることの確実なシリーズの最終作である。案の定、すぐに多くの考察・批評ブログが上がってきており、これからもしばらくは多数の熱い(もしくは冷めた)記事・批評文が書かれ続けるだろう。

今回のエヴァ現象には、ひとつの興味ぶかい雰囲気がある。考察ブログや批評、そしてSNSにおいて、多くの人が驚くほどネタバレに配慮しているのだ(もちろん例外はあるが)。その雰囲気は、『エヴァンゲリオン』という作品が現代において獲得している稀有な地位を示すものになっている。本稿では、ネタバレ論の観点から、この独特な雰囲気について考察してみたい。

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『シン・エヴァ』、ネタバレ配慮の独特な雰囲気

まず私が着目しているネタバレ配慮の雰囲気について、もうすこし丁寧に説明しておこう。

これは、作品内容に触れる記事が少ない、という意味ではない。エヴァ関連の記事・ブログは、内容を詳細に考察するものがすでに数多く出ている。現代は話題作についてのアフィリエイト記事がすぐさま量産される時代でもあり、それは『シン・エヴァ』についても例外ではない。

またこれは、安易に考察を語る人が少ないという意味でもない。たしかに熱狂的ファンをもつ作品には、安易に語ってはならないという圧迫的空気が伴いがちで、その傾向はエヴァにも当てはまる。だが私は、その圧力が今回ことさら強いということが言いたいわけではない。これまでの庵野作品同様、『シン・エヴァ』もすでに良不良の多くの考察を呼んでいる(余談だが、こうした熱ある動きを受けて、批評家があとからしっかりした批評文を書くのは大変だろうな、と思う)。

私が着目したいのは、今回のエヴァ現象では、多くの考察記事が出ているにもかかわらず、その熱い(冷めた)語りを作品未見の人に伝えるべきではない、という空気が広く共有されている、という点だ。

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