日本社会はアメリカ化するか? これからの経済・家族・福祉の姿

データで読み解く「日本の構造」
橘木 俊詔 プロフィール

日本経済への処方箋

それら全部を要約するのは不可能なので、いくつかの重要な項目をピックアップして、吟味しよう。

まずは日本経済に関してである。1980年代の日本人一人あたりの国民所得、あるいはGDPは世界のトップクラスにいたが、その後の低成長経済によって徐々に順位を下げ、2019(令和元)年では25位にまで低落した。

トップクラスにいたのは為替レートの罠による数字上の魔術もあったが、日本経済が絶好調で国民も豊かであったことにまちがいはなかった。

しかしその後の労働人口の減少、労働生産性の低迷、勤労意欲の低下、新規投資の不足、IT産業を含めた産業構造変化の遅れ、などの要因が重なって、日本経済は低迷の時代にいる。

処方箋はあるのだろうか。本書の各所でヒントを与えたが、例えば新規事業の立ち上げに熱心になる、IT技術の育成、サービス産業における低生産性からの脱皮、教育を知育・教養中心から実務教育中心へ、女性労働力の積極的活用、などさまざまな提言をおこなった。

日本の「復活」はあるか?

経済を再び強くすることは、ここで述べた提言を含めてあらゆる手段を講じれば可能であろう。とはいえ人間社会を歴史と生活から考えれば、絶対に経済を強くすることが唯一の目標ではない、という論理もありうる。どういうことだろうか。

まずは、世界の歴史において古代の四大文明(メソポタミア、エジプト、インダス、黄河)から始まって、ギリシャ・ローマ、ヨーロッパ(特にスペイン、ポルトガル、英、仏、独)、アメリカ、そして短いながらも日本というように、最強の文明・経済は歴史的な変遷を経てきた。

これは歴史的な宿命とみなしてもよく、文明と経済の歴史は栄枯盛衰の歴史である。一度衰えた国は復活しえないかもしれない。しかし最近になって例外が出現しつつある。

黄河文明を誇った中国は今やトップになりつつあるし、将来はインダス文明のインドも予想されている。日本も復活を経験する例外としてカムバックできるかもしれない。

「成熟社会」が迫られる選択

次は、もし復活を図るというコンセンサスがあるなら、人々は必死に努力してガムシャラに働かざるをえない、という点である。

豊かな生活をしたいという希望が人々をしてガムシャラに働かせる動機になるが、本書で明らかにしたように日本人の勤労意欲の低下がめだち、働くこと以外に価値を見つける人が増加している。いわば日本は成熟社会の顔を有しつつある。

ここで成熟社会とは、経済的にある程度の発展を達成して、人々は日々の生活にそれほど困る苦労をしなくてよい社会である。

ある程度の経済的・物質的な豊かさを成就した日本であれば、もう少し精神的に豊かに、あるいは働くだけでなく、個性豊かな多様性を求める生き方をすればよいのでは、という考えを人々に抱かせる社会をさす。

日本人が再び働くことに価値を見出すようになり、さまざまな改革を実行しつつ一所懸命働くようになるのか、国民の意思一つである。

そこそこの生活水準でよく、趣味やその他のことで満足な人生を送れるならそれでよい、と思う人が多数派であれば、日本経済の復権は困難である。どちらを国民が選択するのか、興味津々である。

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