さまざまな縁を結んできた「地主桜」

ここは古来、桜の名所でもあり続けた。多くの歌に詠まれ、能の題材にもなっている。1本の樹に八重と一重の花が1度に咲く「地主桜」は、さぞや美しかったのだろう。平安時代初期の811年、嵯峨天皇が大勢のお供を従えて地主神社に行幸。2度3度と牛車を引き返しては花を眺めたという。ゆえに、「地主桜」は「御車返し(みくるまがえし)の桜」と呼ばれるようになった。

写真提供/地主神社

能の代表的な演目のひとつ『熊野(ゆや)』は宗盛(=平清盛の三男)に仕えた女性(愛妾)の物語である。母が重い病気なので実家の静岡に帰り看病をしたいと暇を申し入れるが、「地主桜」を観れば気も晴れるからと強引に清水寺に連れていく。彼は女性の気持ちを慮れない嫌な男というわけだ。ところが彼女が舞っている間に雨が降り、桜が散ってしまう。そこで彼女は「いかにせん都の春も惜しけれど、馴れし東の花や散るらん」と詠んだ。

「東の花」は静岡の母のことで、急がないと他界してしまうと歌で伝えたのである。無粋な宗盛もさすがに心が揺らぎ、彼女を母の元に返した。これは観音さまのご利益だと最後に熊野(ゆや)が謡うのだが、実は雨を降らせたのは、母娘の縁を大切にする地主権現(じしゅごんげん)の計らいだったとも言われている。

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大昔の私のアルバムには、修学旅行で清水寺を訪れ、音羽の水を汲んでいる写真がある。ただ、ボーっと友だちと燥いだだけの京都訪問を、いまさらながら悔やんでいる。十一面千手観音菩薩と地主大権現と地主桜。もう少し真面目に由緒を学んで神社に手を合わせていたら、違うご縁を得て別の人生を歩んだのだろうか。

でも、ここまで読んだ貴女は大丈夫。良縁を求めて、じっくりお詣りなさいませね。

illustration/東村アキコ

東村アキコ(漫画家)  
1975年生まれ。漫画家。宮崎県出身。最近の趣味は着物&茶道
1999年『ぶ~けデラックス』NEW YEAR増刊にて『フルーツこうもり』でデビュー。『ひまわりっ~健一レジェンド?』『ママはテンパリスト』『海月姫』『かくかくしかじか』『東京タラレバ娘』『美食探偵 明智五郎』『雪花の虎』ほか、ヒット作多数。『海月姫』で第34回(2010年度)講談社漫画賞少女部門受賞、『かくかくしかじか』で第8回マンガ大賞、第19回文化庁メディア芸術祭マンガ部門大賞受賞。講談社「Kiss」にて「東京タラレバ娘シーズン2」連載中!

連載【アキオとアキコの京都女磨き
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