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若手にとって仕事とはなにか? 西川善文が語る新人銀行マン時代

仕事における得意分野の生かし方とは
三井住友銀行元頭取・日本郵政元社長の西川善文氏は、銀行マンとしての新人時代を一体どのように過ごしていたのだろうか。ワイシャツを真っ黒にして走り回った営業時代、粉飾決算を見抜く達人だった調査部時代――。西川善文が生前に語った「ラストバンカーの仕事術」を一冊にまとめた最新刊『仕事と人生』から、若手時代のエピソードをご紹介します。
 

余計なことを考えず仕事する

現役で大学に合格し、留年しなかった人は22歳で就職するが、1浪したら23歳、2浪したら24歳で会社に入ることになる。大学院卒業ならもっと年齢は上だろう。また、ビジネスパーソンの20代といっても、8年間ある人もいれば6年間の人もいて幅がある。

しかし、何歳で就職しようとも、新入社員時代に心すべきは「余計なことを考えず、仕事に集中する」ということだ。学生から社会人になり、右も左もわからない身である。とにかく自分に与えられた仕事を一生懸命にやるより他にない。

当たり前のことだけれども、「自分が何に向いているのか」は仕事をやっていて見えてくるものだし、ビジネスパーソンとしての「武器」も仕事をする中で磨くものである。まずは自分の置かれている立場で仕事を一生懸命にやらなければ道は開けないと心得るべきである。

また、自分に任されている仕事に全力で取り組むことでいろいろなことを学べる。そのときはわからなくても、一生懸命に仕事をする中で「ビジネスパーソンとしての財産」を築いていたと、あとになって気づくはずである。

自転車で走り回った営業時代

22歳で住友銀行に入った私は、1ヵ月あまりの研修が終わると、前述したように大阪市大正区の大正区支店に配属された。1年目は主に支店内での事務をやり、2年目から外回りの営業に転じた。

暑い日も寒い日も、朝9時を過ぎると自転車に乗って担当地区を走り回った。大正区は工場が多く、空気の汚いところだったから、半日たつとワイシャツの襟や袖が真っ黒になった。

外回りの営業で重点が置かれたのは預金集めである。私が入行する何年か前まではどちらかというと富裕層を主体に預金を頂戴していて、一般のお宅を個別に訪問してお願いすることはなかった。

しかし、高度経済成長で資金需要が高まる一方であるのに対して、銀行にはそれに応えるだけのお金がない。そこで、「とにかく預金を集めろ」ということになり、富裕層だけでなく庶民のお宅を訪ねて営業することになった。

すでに取引のあるお客さまは調べればわかるから、そこは除外して、取引のないお宅に飛び込み営業もした。よその銀行に預けているお金をいただけるかもしれないからである。

駆け出しの新米だけに私はなかなか目標を達成できなかったが、1962(昭和37)年の12月に初めて達成した。実は、この月は想定外の「付録」に恵まれたのだ。

少し前に担当するお風呂屋さんが火事になった。私はお風呂屋さんの経営者を訪ねて「12月に火災保険がおりるように頑張ってください。保険がおりたら、そのお金を預金してください。お支払いになるときに引き出せばいいんですから」とずうずうしくもお願いすると、保険のお金をそのまま預金してもらえた。

これが目標達成の大きな一因だった。一生懸命やっていると、そういう変なツキが出てくるものだ。

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