福田萌さんは、岩手県出身。東日本大震災が起こった当時は東京にいたが、家族は岩手県滝沢市に住んでいた。ニュースを見ながら過ごした不安な時間、感じた孤独、そして震災をきっかけに“防災士”の資格を取ることを決めてからのこと…。

3.11から10年経ったいま、福田さんが考えていることを綴っていただいた。

東日本大震災から10年…

2011年3月11日。岩手県沖を震源とする大きな地震が日本列島を襲った。さらにその地震の数分後には巨大な津波が三陸海岸を飲み込んだ。今でも私はあの日のことを思い出すと鳥肌が立ち、あの時感じたことを忘れないように、と自分の中で誓いを立てる。多くの人にとってそうであるように、私にとっても一生忘れることのできない日だ。

もう10年になるのか。

この震災で命を落とした方の数は1万5899人、行方不明の方もまだいらっしゃる。犠牲になられた方々のご冥福を、改めて心から祈る。

この10年は本当にあっという間だった。岩手県出身という立場で、これまで被災地には度々、取材や、テレビのロケなどで訪ね歩くことができた。そこでいろんなことを乗り越えながらも未来に向かって過ごしている地元の人々の様子や、街の様子を痛感した。今私が感じた現実をなんとか画面からお届けし、視聴者の皆さんに様々なことを感じてもらいたいという気持ちで取材を行なっていた。

避難所の子供達が勉強道具がないために学習できないと聞き、2011年4月に、秋葉原で行った文房具や支援物資集め。私がお世話になっていたテレビ東京の番組が呼びかけてくださり、沢山の方に支援物資を提供していただきました。物資は私の出身高校まで運ばれ、高校の先生と生徒に避難所の子供たちへ配布していただきました。写真提供/福田萌
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この目で、被害から、再建に向けて進んでいく街を見た。その街に住み続ける人、去る人、新たにその街に住む人、様々な立場の人からもお話を伺うことができた。直接被害は受けていなくても、また多くは語ることがなくとも、東日本大震災がきっかけで生活が変わったり、また、考え方や生き方が変わったという人は多いだろう。

今回は私が東日本大震災とともに過ごしてきた10年を振り返りたいと思う。