超期待した『シン・エヴァ』にモヤモヤした「3つの理由」

『夏エヴァ』の時点で青春は終わっていた
飯田 一史 プロフィール

数年後に改めて観たら「良い作品だった」と思えるのかもしれないものの、今はまったく受け入れられていない。

全然乗れなかった理由のひとつは、自己模倣が目立つ点だ。3時間近い長さの映画で「前もそういうことやったじゃん」と思うシーンが散見されて、醒めてしまった。

 

『シン・』の序盤では、『破』『Q』で自分が引き起こしたことの重さによってシンジが何もしたくない状態になっている。TV版のときから何度も何度も「乗りたくない→乗る→乗りたくない→乗る」を観てきた人間からすると「完結編になっても、まだこれを見せられるのか」と思ってしまった(しかも、立ち直るまでが長い)。

また、シンジたちエヴァのパイロットたちはアスカいわくの「エヴァの呪い」によって14歳の姿のままだが、周囲の人間は年を取っているという『Q』で明かされた設定を使ったエピソードが展開される。

しかし、かつて同じ時間を過ごした人間が、かたや年を取って家庭を築き、かたや若いまま、というのは『トップをねらえ!』(1988~89年)でウラシマ効果を使って庵野秀明監督がやっていたことの焼き直しに思えた。

その後、決戦に向けて地下深くにあるものを目指して潜っていき、予想していたこととは異なり「まさか!」と叫ぶ展開がある。これもTV版で渚カヲルがNERV本部の地下に潜っていったときから何回もやってきたパターンであり(前作『Q』でもやっている)、これも「またか」と思ってしまった。

アスカが出撃するがダメでシンジが搭乗ということも繰り返されるし、映像はたしかにすごくなったが、やっていることは前とほとんど一緒じゃないかという既視感が拭えなかった。

関連記事