小室哲哉・KEIKOさん夫妻の離婚報道に、高次脳機能障害の僕が感じたこと

障害特性を「ないもの」にするな
鈴木 大介 プロフィール

「我がまま」と言われるのは非常に心外

高次脳機能障害を説明するパンフレットやホームページなどを見ると、易怒性については「怒りっぽくなる」「我慢ができない」「我がままになる」といった表記がなされることが多い。けれどこの障害特性を持つ当事者の立場から言わせてもらうと、これは無茶苦茶に心外な説明だ。

まず感情の脱抑制を抱えた当事者感覚からすると、それは「発生する感情が未経験なほど大きなものになってしまった」といった感じだ。

例えるなら、病前の自分の中で感情を発生させていたのが軽自動車のエンジンだとすれば、病後はいきなり軽自動車のボディにF1のエンジンを載せ替えられたような感じ。これはヤバい。なにせ、ちょっとアクセルを踏んだだけでとんでもないパワー(感情)が出てしまって、前に車がいても全開で衝突、ハンドルもブレーキも、あらゆる制御がそのパワーに負けて、全くコントロールが効かないという感じである。

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けれど、ここで問題なのは、音痴な粉雪で筋肉痛になるほど腹筋が痙攣するといった「可笑しさ」の感情の爆発とか、感謝や悲しさなどの感情が発作的な「号泣」という形で暴発しても、それは「悪」として責められるほどのことではないのに対し、「怒り」においては決してそうではないことだ。

なぜなら、人が巨大な怒りの感情を抱えた時にする行動が「暴言」「暴力」「破壊」といった、責任と責めを負うべき社会的問題行動だから。

易怒性の説明で「我慢ができない・我がままになる」などといった言葉が心外なのは、ここだ。

だってそうだ。当事者は我慢していないはずがないだろう。

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