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太陽の黒点は地球にどんな影響を与えるのか? 天文学者マウンダーの2つの発見

サイエンス365days

"サイエンス365days" は、あの科学者が生まれた、あの現象が発見された、など科学に関する歴史的な出来事を紹介するコーナーです。

17世紀の寒冷期の原因か?

1884年の今日(4月12日)、イギリスの天文学者エドワード・マウンダー(Edward Maunder、1851-1928)が誕生しました。

イギリス・ロンドンで牧師の息子として生まれたマウンダーは、グリニッジ天文台に就職し、本初子午線(経度0度の基準となる子午線)を定めたジョージ・ビドル・エアリー(George Biddell Airy、1801-1892)台長のもと、太陽写真撮影に取り組みました。彼は太陽の表面に現れる黒点の観測・撮影を繰り返すうち、黒点の量が年によって増減することを発見しました。

マウンダーは1877年から1902年までの25年間、太陽上に黒点が表れた位置を細かく記録し、グラフにまとめて発表しました。彼のグラフによれば、黒点の個数は11年周期で増減を繰り返し、太陽の極から赤道へと出現場所が移動していきます。このグラフはちょうど横を向いた蝶のように見えるため「蝶型図」と呼ばれています。

モーンダーが発表した「蝶型図」横軸が観察した時期、縦軸が黒点の現れた位置をしめしている Photo by SSPL/Getty Images

また、マウンダーの研究は過去の太陽活動にも及びました。彼はグリニッジ天文台に残されていた17世紀から18世紀の太陽活動の記録を調べ、1645年から1715年までの70年間、黒点の出現頻度が目立って少なかったことを発見しました。通常なら30年間で4-5万個の黒点が観測できるのに、わずか50個しか現れませんでした。

この70年間は、マウンダーの名から「マウンダー極小期」の名で呼ばれています。「マウンダー極小期」における太陽活動の低下は、中世の地球で平均気温が低下し、世界中が冷夏と厳冬に陥った理由と目されています。

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