宮城県名取市閖上、2013年4月

東日本大震災から10年、この国に決定的に足りなかったもの

新たな問題提起がなされなかったけれど…

代わり映えのしない災害論・復興論

東日本大震災と、それに伴う福島第1原子力発電所の災害について、さまざまなことが語られてきた。災害工学的な原因解明へのアプローチがあり、社会学的な復興論や思索的な死者論があふれた。しかし、どのような角度からなされた論考でも、事態のある一面を叙述したものにすぎないことはいうまでもない。

宮城県気仙沼市鹿折、2011年7月
 

今年の3月に入ってからは、“大震災10年”を特集した番組がNHKを中心に数多く放送されている。しかし、それらの多くは、悲劇や美談をドラマチックに描くばかりことがほとんどだ。一方、復興の進捗を検証し、災害後の街づくりを問題の俎上に乗せることは有意義である。また、防災や減災に関する啓発はしつこいぐらい繰り返されてもいいだろう。

大災害を論じたり、描いたりする際の切り口は、震災後、2、3年を経過したころから代わり映えせず、新たな問題提起され、あるいは模索されてきたように見えないのだ。こうした現象は、大災害の記録と記憶の伝承を目的として設置された公共施設でも、変わるものではなかったのである。

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