『呪術廻戦』は「死」をどう描いているか、『鬼滅』『チェンソーマン』との決定的な違い

杉田 俊介 プロフィール

悪意と嘲弄による残酷な死

何が正しい死であり、何が間違った死なのか、という理想と現実をめぐる問いは、その後も、何度も過酷で残酷な形で試されていくことになります。

たとえば虎杖が致命的な挫折を味わうのは、気の合う友人になった吉野順平の死であり、呪霊たちの策略によって順平を(残酷に、かつ滑稽に、救いようのない形で)目の前で殺されてしまう、という場面でしょう。

呪霊たちは、友達を救えず、無力で惨めな虎杖をゲラゲラとあざ笑います。悪意と嘲弄による残酷な死――これは『呪術廻戦』の基本的な世界観を示すものと言えます。死とは人間たちの思い通りにならないものだ、正しい/間違いを決定できないものだ、と告げるかのように。

順平を無惨に殺害した呪霊の真人【まひと】は、「人間」そのものの呪い、「人が人を憎み恐れた腹から産まれた呪い」という『呪術廻戦』の中でも特別な存在であり、人気投票やネットでの反応を見ると読者からはかなり嫌われているようです。しかし作者にとって、真人――名前の通りまさに人間の真実です――こそが呪いの本質を象徴しているのでしょう。それゆえに、真人との戦闘は毎回いちいち長引き、なかなか倒しきれない、というストレスフルな展開を読者は強いられることになります。

真人が表紙のコミックス第六巻
 

人間は他人を思い通りに助けられない。そして思い通りに死ぬこともできません。そのことを過酷な形で示したのが、たとえば、人気キャラクターの一人である脱サラ一級呪術師、七海建人(ナナミン)の死でしょう。

七海は自らの死の直前に、「それは違う/言ってはいけない/それは彼にとって“呪い”となる」と分かっているにもかかわらず、虎杖に「後は頼みます」と言い残してしまいます(第120話)。しかも、以前の真人との戦いでは、死を覚悟した瞬間に「悔いはない」と感じ、黙って死のうとしたにもかかわらず(第31話)。ここに人間にとっての「死」のままならなさ、コントロールできない怖さがあります。

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