『呪術廻戦』は「死」をどう描いているか、『鬼滅』『チェンソーマン』との決定的な違い

杉田 俊介 プロフィール

人にとって正しい死とは何か。これが虎杖のオブセッション(強迫観念)になります。しかしこれは、もちろん、簡単な問題ではありません。『呪術廻戦』では、執拗なまでに、死というものは決して自分の思い通りにならないもの、不可解なものとして描かれています。

対比的にいえば、『鬼滅の刃』の世界では、人の死にはヒューマニズム的な感動の深みがあり、『チェンソーマン』の世界では、人の死はいわばB級映画の脇役的な軽さを感じさせますが、『呪術』では、人の死はコントロール不能でグロテスクなものとして感じられます。

 

何が「正しい死」なのか

『呪術廻戦』の世界設定は、人間から流れ出た負の感情が「呪い」となり、「呪霊」となって、人間に様々な危害を加えている、というものです。そうした呪霊たちを祓うのが「呪術師」と呼ばれる存在です。

虎杖は、「呪いの王」とも呼ばれる最強の呪霊、両面宿儺【りょうめんすくな】を体内に宿すことができる、という特異体質の持ち主であり、宿儺の指(特級呪物)を体内に取り込むことで、この呪霊を現世に受肉させることができます。

そのことを知った呪術師たちの組織の上層部は、虎杖の存在そのものを危険と見なし、即座に「秘匿死刑」の対象にしようとしますが、虎杖と知り合った呪術師の伏黒恵【ふしぐろ・めぐみ】は、たとえ「私情」であっても虎杖を殺したくない、と感じます。作中の最強の呪術師である五条悟【ごじょう・さとる】は、死刑の執行猶予を上層部に了承させ、虎杖を東京都立呪術高等専門学校(呪術高専)の新入生として入学させます。

虎杖は、第1話の時点で、自分の祖父の死は「正しい死」であり、呪いによって殺されることは「間違った「死」」である、と直感します。「せめて自分が知ってる人くらいは/正しく死んでほしいって思うんだ」。では、あらためて、正しく死ぬとはどういうことなのか? 人を助けて自己犠牲的に死ねば、それが「正しい死」なのか? 重要なのは、第1話の時点で、虎杖は祖父の言葉が「面倒くせえ呪い」だと自覚している、ということです。

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