尾崎世界観や藤崎彩織などのデビュー作、本屋大賞受賞二作を担当したヒット編集者が大手出版社を辞めたワケ

コロナショックで「当たり前」が崩壊した今、未来をどう考えればよいか。エンターテインメント業界の次代のキーパーソンたちが、コロナ禍の現在とこれからを発信する連載企画「Breaking the Wall」。

第7回は、『羊と鋼の森』(宮下奈都)や『そして、バトンは渡された』(瀬尾まいこ)といった本屋大賞受賞作や、『ラリルレ論』(野田洋次郎)、『祐介』(尾崎世界観)、『ふたご』(藤崎彩織)など人気ミュージシャンによる小説やエッセイの編集を手掛けたことでも知られる編集者・篠原一朗氏による特別寄稿!

2020年の7月に水鈴社(すいりんしゃ)という新しい出版社を立ち上げ、設立初の単行本として、瀬尾まいこさんの本屋大賞受賞後第一作となる小説『夜明けのすべて』を10月に刊行した。

書店員さんをはじめとした多くの方々にお力添えをいただき、発売4ヵ月で5度の重版がかかり、小さな新興出版社でも“メジャーで戦える”という自信が付いてきたところだ。

最近、同業者やエンターテインメント業界の方々から、独立に至る経緯や水鈴社の仕組みを聞かれることが増えてきたので、この機会にまとめてみたいと思う。

幻冬舎で11年間、文藝春秋に移籍して6年間、編集の仕事を続けてきたが、「自分で出版社をやろう」と漠然と考え始めたのは2年ほど前のことだ。

 

なぜ独立しようと思ったのか

(1)編集者としての原点に戻りたかった。

まず、ビジネス書や自己啓発書の編集者と文芸の編集者では、その属性も必要とされる能力もかなり違う。私は小説やエッセイなど、文芸作品を中心に仕事をしている編集者で、私が思う編集者の原点とは、企画、編集、プロモーションまで、著者をサポートしながらその全てに携わることだ。

いま、多くの編集者はそれが難しい状況に置かれている。
なぜかといえば、本を作りすぎているからではないかと思う。

漫画部門のある出版社では、このコロナ禍の中でも過去最高益という景気の良い話が聞こえてくるが、いま、初版が数千部で半数以上が返本されることも少なくない文芸作品をビジネスとして成立させるのは容易ではない。

本が売れないから、出版社は売上を立てるために数多くの本を刊行する。そのために、一人の編集者が多忙の中で年に十冊近くの本を編集することになり、また本が売れなくなるという悪循環が生まれている。

読書はあくまで個人的な体験であって、一人一人の読者に向けて作品を届けたい。
売れなくても素晴らしい作品は数多くあるし、誰かの人生の救いとなることだってある。部数だけでその本の良し悪しをはかることはできない。

だが商業出版を行っている以上、売れたかどうかは大事だし、自分が編集した本は世の中に良い影響を及ぼしてほしい。
私はそんな思いで本を作ってきた。

刊行点数を年間数冊程度に絞って、売れる(読者に求められている)本と、自分がどうしても世に問いたい本だけを作っていきたい。
自分が編集する作品の全てを勝負作として送り出し、全力で作品に携わりたい。
そんなわがままを実現させるには、自分でその環境を作るしかないと思った。

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