子どもは一人の独立した人格である

私は子供を産むまでは、なんとなくもう少し育児を感覚的なものだととらえていた気がする。当たり前の人生の一部というか生活の一部といった感じに。「まあ、放っておいても子は育つっていうし」とか「私がそんなに手塩にかけて育てられた記憶もないし大丈夫でしょ」とか「自然な子育てが一番!(何をもって自然というのかなんて深く考えていないのだけど)」とか。

でも、実際に子供を前にしたら、そんなに単純なものじゃないぞという気持ちがムクムクと湧いてきた。というより、感覚的にやっていくだけだと、気持ち的にも現実的にも限界にぶつかったのだ。

例えば、男の子の体ってどうやって洗うの?とか、東京生まれ東京育ちの子供たちの幼稚園は? 小学校は? とか、親が芸能人ってどんな感じ? 何か気を付けないといけないの? とか。調べなきゃ、知らなきゃ、考えなきゃ…ということが山積みだったのだ。それで、すごく大切なことに気が付いた。

当たり前だけど、この子は私じゃない。一人の独立した人格なのだということ。

違う体で生まれて、違う環境で育って、違う時代を生きていく人間なのだ。だから、「私がこうだったから、これで大丈夫」という考えはちょっと通用しないかもしれない。初めてのことに挑むという意識をしっかりともって、謙虚に子育てという壮大なプロジェクトに取り組んでみよう。そんな風に考えることで、私のスイッチが入った。

ということで、この連載では、試行錯誤しながらまい進する私の子育てについて書いていくつもりだ。

子育てには終わりがないので、正解って多分ずっとわからなくて、私がやっていることがいいことかどうかなんてわからない。もっと気楽に自分時間を大切にというほうがイマドキなのかもしれないけれど、なぜだかがむしゃらになってしまうのは、私が教育ママだからなのか……否か。

連載を通して、教育や子育てという尊いプロジェクトについて悩んだり共感したり、考えたりしていけたらよいなあと思っています。どうぞよろしくお願いします。