# モラハラ

流産してしまった26歳の妻に、モラハラ義母が放った「ヤバすぎる一言」

あまりに無神経な…
佐藤 千恵 プロフィール

その後、恵里さんは2人の娘を出産しました。恵里さんが仕事を離れていた時期が数年ありましたが、その間も敬さんは実家に援助をし続けました。

「私が仕事を辞めていた頃がちょうどバブルと重なって、夫のお給料がすごく良かったんです。だから結局、援助も何とかなっちゃったんですよね…結果的にそれが良かったのかは分かりませんが」

その後、恵里さんは仕事に復帰しますが、子育て優先で夜勤なしの勤務のため、以前ほどお給料は高くありませんでした。しかし相変わらず敬さんは実家への援助を続けていて、共働きなのに家計はいつも余裕が無かったそうです。

「長女が小学生の頃、バトンを習いたいって言ったことがあって、私は習わせてあげたかったんです。でも夫が反対しました。ウチは女の子二人だから、長女が習えばきっと次女もやりたがる、そうしたらお月謝も倍かかると思ったのでしょうね。

夫の実家への援助さえなければさせてあげられたのに…姑が言えば何でもお金を出すくせに、娘には習い事も我慢させる。夫にとって私たち家族が第一では無いんだと思うと辛かったし、何より娘に申し訳なくて」

 

助けてくれた娘たち

義理の実家に何かあると、お金を出すのは敬さん。そんな状況が続く中で恵里さんに病気が見つかります。

「次女が大学に入ったばかりの頃、私、乳がんになったんです」

幸い早期発見で予後も良かったそうです。この時、恵里さんのために娘さんたちは姉妹で協力し、看病や家事を良くやってくれました。

「いろいろ我慢させて来たのに、こんなに優しく頼もしく育ってくれていると思うと、涙が出ました」

一方、姑はというと、

「姑はお見舞いに来てくれましたけれど…正直あのつらかった流産のときを思い出すだけでした。お見舞いに来た時ですら「仕事はどうするの?」って聞いて来たんですから」

恵里さんは当時を思い出し苦笑いします。

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