「うっせぇわ」を聞いた30代以上が犯している、致命的な「勘違い」

わかった気でいる年長者に言いたいこと
鮎川ぱて @しゅわしゅわP プロフィール

「うっせぇうっせぇうっせぇわ」。ちょうどオクターヴの跳躍を反復するメロディ、そしてなにより多くの人が普遍的に持ったことがある感覚「うっせぇ」。このサビ冒頭の決定的なキャッチーさによって(最近はテレビなど全世代型メディアが取り上げるようになったことも相まって)、この曲はいま、世代を越えて知られ、口ずさまれてきている。

けれどもこの曲は、本来「誰の」曲だろうか。本稿では、あまりに有名になってしまったサビの一部だけでなく曲全体の歌詞を見渡すことで、改めてこの曲が持つポテンシャルを考えてみたい。ただし、ここから展開する議論は、「作者syudouはこう考えたはずだ!」と意図を言い当てるものではなく、あくまでひとつの批評である。

 

チェッカーズと尾崎を連想し、術中にハマる

「楽曲が大ヒット」するとはどういうことか。それは本来の届け先を超えて、多くの人に聴かれるということだ。その状態に至ってもなお、この作品が本来届くべき人に、「自分のための曲だ」と気づいてもらうにはどうしたらいいか。

そんな問題をめぐって、「うっせぇわ」には巧妙なトラップが仕組まれている。

「ちっちゃな頃から優等生」。Aメロはこう始まる。そのあとには「ナイフの様な思考回路」とある。そう、ご明察の通り。1983年リリースのチェッカーズのデビュー曲「ギザギザハートの子守唄」へのオマージュだ。いまの若者にとっては生まれる前の時代だから、当然この曲を知らない。だから部下や知り合いに若者がいるなら、

「「うっせぇわ」は「ギザギザハートの子守唄」のオマージュなんだよ」

と教えてあげるといい。

「え、そうなんですね、知らなかったです!」

若者はさわやかな会釈とともにこう返すだろう。そして内心思うだろう。「うっせぇわ」と。

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