「常識」を見極めるための最良の武器

『自由になるための技術 リベラルアーツ』その4
山口 周 プロフィール

小林一三の「ダメ社員」時代

自らのコナトゥスに従って成功した日本人として挙げられるのが、阪急電鉄の事実上の創設者、小林一三です。私が経営者の中でいちばん尊敬する人でもあります。

彼は1892年に慶應義塾を卒業して三井銀行に入ります。明治時代中期でも典型的なエリートコースでしたが、仕事はそこそこに趣味や道楽に明け暮れていて、会社からは冷遇されていました。

小林一三は34歳の頃、そんな境遇に見切りをつけ、現在の阪急電鉄の前身、当時はまだローカル線のベンチャーだった箕面鉄道(箕面有馬電気軌道)に転職します。彼はそこで私鉄のあらゆるビジネスモデルをつくり上げました。路線の先にベッドタウンを造成したり、誰もが家を買えるようにと住宅ローンの仕組みをつくったり、日曜日にも電車に乗ってもらうため駅の上にデパートをつくったり――、宝塚歌劇団を創設したのも彼です。閑散期のお盆に全国から乗客を集めるために、甲子園の高校野球大会まで企画しました。

 

同じ人間が、仕事を変えただけで、銀行員時代からは信じられないような創意を発揮したのです。

これは小林一三が、世間一般で良いとされるような、外側から与えられた尺度ではなく、自分自身のコナトゥスに従って、自分の心が動くような仕事に取り組んでいった結果だと思うのです。

現代は、自分のコナトゥスを発揮することがそのままグローバルな競争力に直結する時代でもあります。

例えば広島のマルニ木工さんは、月産50個ほどの、地方の小さな家具屋だったのですが、そこでつくられた椅子がいまでは何とアップルの本社オフィスで採用され、何千脚という単位で納入されています。じつは少し前までは会社存亡の危機に直面していたのですが、社長さんが、会社がつぶれる前に自分自身が本当に理想とする「日本発の世界定番の椅子」をつくりたいと、世界的に著名なデザイナーの深澤直人さんとタッグを組んで、その理想を実現させたのです。それがアップルのデザイナー(当時)、ジョナサン・アイブの目にとまって先の納入へとつながりました。

このエピソードもまた、自分の心が動かされるものと仕事をシンクロさせることが、非常に大きな競争力を生み出すことをよく物語っています。一方で、マルニ木工にその座を奪われたアメリカ現地のオフィス家具メーカーが存在していたことも事実です。自分の心が動かされない、コナトゥスの動かない状態で働いている個人や組織が、相対的に競争力を失っているということでもあるのです。

私は、いまここで大胆に発想を転換できたら、社会が大きく変わるのではと考えています。外側から与えられるモノサシに囚われずに、たとえ知らない会社でも、自分にとってすごくワクワクする仕事ができそうな会社を探して社会全体で大移動を始めるのです。すると、大数の法則が働き、より自分が活躍できる場所にいる人が多くなる。結果として職場や社会全体の生産性まで上がっていき、イノベーションだって起きてくると思うのです。そうしたら、個人も組織もとても強くて幸せな世の中になるのではないでしょうか。  

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