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日本が失ってしまった複数のモノサシ

『自由になるための技術 リベラルアーツ』その3
『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか』『ニュータイプの時代』『ビジネスの未来』など話題書を次々と出し、いまビジネスパーソンに大注目の独立研究者・山口周氏の最新刊『自由になるための技術 リベラルアーツ』が刊行された。
現代に私たちに必須の素養「リベラルアーツ」とは? 4回連載の3回目。   

人間の奥深さを知るということ

例えば、「もののあはれ」という言葉があります。本居宣長が源氏物語を読んでそこに通底する感覚を指し示したひと言で、あっさりと言い表せるものではありませんが、人間という存在の計り知れない本性に思いをはせることで初めて体感できる深い知恵であり、現代にも共有できるものだと思います。

少し飛躍するように聞こえるかもしれませんが、イギリスは、そうした人間の奥深さを非常に理解している国だと思います。他者との関わりの中でどうすることが最も得策なのかというリアリズムを皮膚感覚として持ち合わせています。それは欧州列強の戦いを勝ち抜き、7つの海を支配しながら、世界中で多くの植民地を統治してきたからこそ身につけたものなのでしょう。

 

イギリスは1814年、ナポレオン戦争勝利後の戦後処理を決めるウィーン会議において、ナポレオンが占領した欧州各国にあった領地を「民族自決」という大義の下、各国に返還するという英断を下しました。

各国の代表が驚いたのはもちろん、敗れてセントヘレナ島に流されたナポレオン本人も「イギリスは交渉下手だ」と記しているのですが、当のイギリスは自国の外交史で「極めてクレバーな選択だった」と自賛しています。

イギリスは各国が覇権を競っていた帝国主義の当時、自国だけで欧州全土を支配するという考えが持続可能な未来ではないとわかっていたのです。そして各国が領土を取り戻し、それぞれの力が均衡した微妙なパワーバランスを保つことこそが相互に共存し、自国が繁栄する道だと見抜いていたわけです。

19世紀から20世紀にかけての「パクス・ブリタニカ」と呼ばれる最盛期は、そのような賢明なリアリズムがあって初めて実現したものでした。

そのリアリズムは欧米文化の底流に受け継がれていて、例えば、著名な経営学者のマイケル・E・ポーターの競争戦略論でも、自社が市場を独占するのではなく、良きライバルである他社と競り合う緊張状態で共存することが持続可能な成長をもたらす条件だと説かれています。

これは近代の欧米に限った話ではなく、歴史を紐解けば、2000年近くも前に諸葛孔明が言った「天下三分の計」にも通じる考え方でしょう。

私たちは自社のシェアが高ければ高いほど良いものだと思い込みがちです。特に変化の激しい時代には、一つのモノサシを当てて短兵急に物事を判断し、行動したくなるものですが、そんなときだからこそ、落ち着いて別の角度からも複眼的に物事を見るリテラシー、皮膚感覚の知恵というものが求められてくるのだと思います。

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