なぜ私が「美意識」について考え始めたのか?

『自由になるための技術 リベラルアーツ』その1
山口 周 プロフィール

私は、丸の内にある大書店、丸善丸の内本店の一階売り場がどうも苦手でした。入ってすぐの通路には最新のビジネス書が、ギラギラした宣伝文句とともにびっしりと連ねられている。何か、首根っこを掴まれて強引に勧誘される、そんな息苦しさをいつも感じていました。少し前まで、「私のマネをして年収一〇倍になれ!」といった、非常に視座の低い本ばかりがベストセラーランキングの上位を占めて平積みにされていました。

丸善丸の内本店といえば、おそらく日本でいちばん学歴の高い人たちが集まる店と言ってもいいでしょう。これはもう民族としての節度が失われているのではないか。怒りというか、非常にエモーショナルに反応したことを覚えています。

 

なぜ、自分が欲しいと思えるモノが見つからないのか

美意識を考えるきっかけとなったもう一つの理由はクリエイティビティ(creativity)、すなわち創造性と強さの問題です。

資本主義の経済ですから、日々膨大な商品とサービスが生み出されていくわけですが、こんなにモノが溢れているのに、自分が欲しいと思えるモノが少ないのはなぜかと疑問に思っていました。

例えば、スマートフォンが普及する前の日本の携帯電話。各メーカーが独自に開発しているはずなのに、なぜか横並びのデザインでした。2008年に、新参者のアップルが、まったく新しい発想でつくられた iPhone を引っ提げ日本の携帯電話市場に参入してからは、日本のメーカー各社は、驚くほどあっけなく敗れ、多くは市場からの撤退を余儀なくされた。

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では日本の携帯電話はどのようにしてつくられていたのか。じつは莫大な費用を投じてコンサルティング会社に調査を依頼し、つくられていたのです。コンサルティング会社は、メーカーの依頼通り、「正しく」消費者調査を設計、実施し、結果を分析する。そして、調査結果という科学的、数値的な裏付けのもとに、「正しく」て「強い」商品をつくったつもりでいたのです。

しかし、iPhone のように感覚的、直感的に「カッコいい」と感じる商品が出てきた途端、足をすくわれるように負けてしまった。各社がサイエンスに基づいて「正しい」と信じて開発してきたものは、どの会社にとっても「正しい」わけで、それは差別化にはつながらない。「正しさ」はもう「強さ」にはならない。それが白日の下に晒されたわけです。

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