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「夫婦はどちらかが先に逝く…」残された者が直面する「悲しみの日々」

故・野村監督は何を考えていたのか
週刊現代 プロフィール

いつか必ず、連れ合いはいなくなる。夫婦のどちらかが、ひとり残されることになる。それは自明の理だ。

だが、心の底では分かっていても、いざ本気で覚悟を決め、その準備をするとなると尻込みしてしまう。そうして漫然と過ごしているうちに、夫婦の平和な暮らしは突然断ち切られ、残された側は失意の底に沈んでゆくのである。

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心の準備もないまま不意を突かれ、妻を喪った野村さんも、まさに「抜け殻」のように虚脱し衰えてしまったという。野村さんが亡くなる1ヵ月前までインタビューし、その言葉を先月、書籍『弱い男』(星海社)にまとめた編集者の丸茂智晴氏が証言する。

「監督時代の厳しい野村さんの印象が強かったので、お会いする前は『怖い顔で待ち構えているんじゃないか』とビクビクしていました。しかし机の向こうの野村さんは、イメージとはまるで違う、ひとりの弱々しい老人だった。

口を開けば『もう俺も、あとは死ぬだけだ』『これ以上生きたいと思えない』と、ずっとそんな調子だったのです」

野村さんは丸茂氏の取材にこう吐露している。

〈沙知代の死後、私は「あること」に気がついた。それは、「家にも体温があるのだ」ということだった〉〈「おかえり」というたったひと言が期待できないと思うだけで、途端に寒々しさが増してくるのだ。人というのは、ただそこにいるだけで温かいものなのだ〉(『弱い男』より)

もっと早く話しておけば良かった

ひとりになって初めて、野村さんは家のカギを持ち歩くようになった。だが外食する時も、旅行する時も「何食べる?」「どこに行く?」と明るく切り出してくれた妻は、もういない。

やがて野村さんは自宅に引きこもり、沙知代さんが使っていた座イスに腰掛け、一日中ぼんやりとテレビを眺めて過ごすようになった。日に日に、気力と体力は奪われていった。

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