敢えて問う…そもそもスポーツの祭典はオリンピックでなければならないか?

もはや金儲け、国威発揚の祭典
大原 浩 プロフィール

2022年北京オリンピックは「終わりの始まり」?

2019年10月21日の記事「経済成長率6%を割った共産主義中国は生き残れるのか?」5ページ目で、「オリンピック開催後10年目のアノマリー」について述べた。一覧を再掲すると下記のとおりである(厳密に10年ではなく、概ね9~11年の周期である)。

1936年 ベルリンオリンピック――1945年、ナチス・ドイツ崩壊
1964年 東京オリンピック――1973年 第1次オイルショック
1980年 モスクワオリンピック――1991年ソ連邦崩壊 (1989年ベルリンの壁崩壊)
1988年:ソウルオリンピック――1997年韓国(事実上の)崩壊(アジア通貨危機)

特に新興国の場合、国力が上り坂の時にオリンピック開催国としての申請を行うから、開催した時がピークとなり、その後下り坂に向かうのが理由だと考えられる(したがって成熟国で開催される、今回の東京オリンピックはこのアノマリーに当てはまらないのではないかと思う)。

そして、2008年北京オリンピックも国力のピークに開催した事例と言えるのではないだろうか?

前記記事で11年後の2019年あたりが危ないと述べたが、2018年頃から始まったとされる「米中貿易戦争」を発端に、自国・武漢発の新型肺炎の流行もあり、公式発表でさえ成長率6%を下回り、2月2日の記事「中国ファンタジー!独り勝ちの数字続々……実は崩壊前の一夜の夢か?」という状態に陥っている。

また、人権問題では、2月22日にカナダの下院議会が、中国の新疆ウイグル自治区で行われているウイグル族への弾圧が「ジェノサイド(大量虐殺」にあたるとの決議を満場一致で採択した。

この「ジェノサイド」に関する非難は世界中に広がっており、パンデミックや経済的困難を乗り越えて2022年開催にこぎつけても、1980年のモスクワオリンピック(ソ連のアフガニスタン侵攻に抗議して日本をはじめとする国々が集団ボイコットした)と同じ状況になると思う。

しかも、今回問題になっているのは単なる戦争ではなく、新疆などの収容所における集団レイプや拷問などの、「人道に反する卑劣な行い」である。

女性蔑視発言(決してそうではないことは、2月16日の記事「リンカーンやワシントンを尊敬してはいけない国になったアメリカ」5ページ目で述べた)で組織委員会会長の首を挿げ替えた「女性に優しい」日本は、ウイグル人の女性を救うためにも立ち上がるはずである。

スタートラインに戻るべきではないか?

これから東京オリンピックや北京オリンピックがどのような展開になるのかは分からないが、世界的パンデミックが、オリンピックの本質的問題を露わにしたように思う。

2024年のパリ・オリンピックはいまさら中止にできないのかもしれないが、2028年のロサンゼルス・オリンピックはどうであろうか?

スポーツの世界的な大会であれば、世界選手権やワールドカップなどたくさんある。古代オリンピックの「平和な聖なる祭典」という理念がいつまでも実現できないどころか、逆方向に向かっているのであれば、「近代オリンピック」をゼロから見直す必要があるのではないだろうか?

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