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敢えて問う…そもそもスポーツの祭典はオリンピックでなければならないか?

もはや金儲け、国威発揚の祭典

ギリシャ、クーベルタンの理念はどこに行った?

我々が現在オリンピックと呼んでいるもの、すなわち「近代オリンピック」は、フランス人、ピエール・ド・クーベルタンの提唱に起源を持つ。世界の国々が賛同して開催された1896年の第1回アテネ大会(ギリシャ)が始まりだ。

記念すべき第1回大会がこの地で開かれたのはもちろん、近代オリンピックが「古代オリンピック」をモデルとして生まれたからである。

古代オリンピックが誕生したのは、紀元前9世紀ごろだとされる。この古代オリンピックは宗教行事であった。全能の神ゼウスをはじめ多くの神々を崇めるための、神域における体育や芸術の競技祭との位置づけだ。

そして、この神をあがめる聖なる行事の間は、ギリシャの都市間戦争も「休戦」としなければならなかった。ちなみ、古代ギリシャ、特に初期はアテネやスパルタなどの「都市」が国家のように独立していたから、都市(国家)間の戦いが絶えなかったと言える。

クーベルタン氏が近代オリンピックを発案し、オリンピックが他のスポーツ大会とは違った意味合いを持つものとして尊重されるのもこの「平和思想」のおかげだ。

しかし、近代オリンピックの第1回から120年以上が経った現状は悲しい。

「オリンピック休戦」の呼びかけは、近代五輪では1992年に提唱され、1994年のリレハンメル冬季五輪から始まった。しかしながら、私の知る限り、オリンピック休戦をまだ実現していない。

逆に、戦争によって大会が中止されたのは、1916年のベルリン大会、1940年の「幻の東京オリンピック」(38年に日中戦争のため、返上したが、代替地のヘルシンキ〈フィンランド〉も中止になった)、1944年のロンドン大会である。さらに冬季オリンピックは、1940年札幌、1944年コルチナ・ダンペッツオ(イタリア)が中止になった。第1次世界大戦が原因のベルリン大会以外は第2次世界大戦が原因である。

また、本来オリンピックの勝者に与えられるのは、神聖とされていたオリーブの葉でつくられた冠であった。神の前で神聖な競技を行うことが栄誉だから、金銭的、実利的見返りは無かったのだ。

 

それに対して、現在のオリンピックはどうであろうか? 頂点に立つはずのIOC(国際オリンピック委員会以下)そのものが「金まみれ」の状態であるように思う。

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また、2020年東京オリンピックが延期された上に今年の開催さえ危ぶまれている。さらに、2022年北京オリンピックは「ジェノサイド(大量虐殺)」問題で風前の灯火だ。

今一度、「オリンピックの本来の意味」を考えて見るべきではないだろうか?

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