大人の学びは痛みを伴う

大人はまるで自分たちが信じて育んできた文化を否定され、見直してと言われたように感じるのだろう。だから、この歌に拒否反応を示すのかもしれない。これまで生きてきた年月を自ら否定しなくてはならず、それが長ければ長いほど自分を変えること難しい。大人の学びは痛みを伴うのだ。

しかしながら、大人が学びの痛みを避け続ければ、新しい世代は傷を負う。パワハラやモラハラはなくならない。パワーハラスメントは、「組織などでの地位や人間関係などの優位性」を利用して、他者に嫌がらせをしたり、苦痛を与えたりすること、と定義されている。

大人のマウント体質が改善されなければ、森発言で注目されたジェンダーフリーや人権意識の向上もなしえない。

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ちなみに、例のデンタルフロスを片付けられない長女に、『うっせえわ』は子どもに聴かせるなっていう声があるんだけどと尋ねたら、こう言った。

音楽とか、小説とか芸術は、人生の教材だよね。子どもはうっせえとか悪い言葉が好きだから、意味も分からず連発しちゃうけど、少し大人になってまた聴いたとき、まったく違う受け取り方ができるよね。私もそんなことあったよ。尾崎豊とか。あとで本質に気づくっていうのがいい。それがエンターテインメントの価値でもあるわけだから」

へえ。そんなこと考えてるんだ。そうだね。尾崎の『卒業』や『15の夜』だって、歌詞の内容が批判にさらされていた。
「盗んだバイクで走り出す」「夜の校舎 窓ガラスこわしてまわった」は犯罪行為だと言われ、「校舎の裏 煙草をふかして」は未成年の喫煙描写だと抗議を受けた。

だが、年月が経って人々はその本質に気づき、歌は「名曲」になる。
エンタメは人生の教材ねぇ、いいこと言うねぇ。親の顔が見たいねぇ。

最後の一言が気に入らなかったようで、「うっせぇわ」と言われた。

個人の心の痛みを表現したエンターテインメントが人々から受け入れられるのは、そこに共感があるからだ。そしてそれらは人生の教材となっていく Photo by iStock
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