コロナ禍で、外食を控える人はたくさんいる。この機会に、外食の歴史に思いを馳せてみてはどうだろう。

もともと、外食の目的は大きく分けて二つあった。一つは人と親睦を深めるため。デートに忘年会、政治の密談まで、お互いを知り大事なことを決める場として飲食店は使われてきた。もう一つは食欲を満たすため。日々の食事としての外食である。

ごく一部の人が目的にしていたのが、料理そのものを楽しむ外食、いわゆるグルメだ。その部分が次第に大きくなったのが、この50年である。

外食がレジャー化した起点は、大阪万博が開かれた1970年で、「外食元年」と呼ばれた。それはまず、万博自体が「料理万博」と呼ばれるほど、飲食店が充実していたからだ。

またこの年以降、ファミレスやファストフードのチェーン店が各地にでき、企業による外食産業が生まれた。大量生産による低コスト化で、敷居の低い外食店が増えたのである。

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家族で週末に外食する、10代が気軽に友人と外食する、といった習慣を幅広い層が持つようになったのは、これらチェーン店の貢献が大きい。そして、チェーン店で外食慣れした世代は、外食をレジャーの一つにしていった。

外食文化は、男性たちが日々の食事を賄う、あるいは男性同士で楽しむ場として成立したものが多い。やがて、近代以降に少しずつ地位が上がった女性たちが、参入するようになっていく。バブル期、「オヤジギャル」と呼ばれた働く若い女性たちは、男性の聖域だった縄のれんの店などに入って話題を集めた。

男性文化だった外食の世界へ女性が参加するとき、その現象が注目を集める、そして流行する、といったことが、実はこれまでくり返し起こっている。女性と外食文化はどういう関係で、何が変わるのか? 今回上梓した『日本外食全史』(亜紀書房)を書くうちに発見したその現象について、本稿では掘り下げたい。