『ポケットモンスター 赤・緑』からポケモン歴は25年

そんな株式会社ポケモンの広報として働く友野さんに、ご自身のポケモン歴や、この会社で働くようになったきかっけなどをお伺いしました。

「最初のゲームソフト『ポケットモンスター赤・緑』が発売されたとき、私はまだ3歳でした。姉が『赤』をやっていて、どうしても一緒にプレイしたくて。まだやっとひらがなが読めるようになったぐらいだったのですが、ポケモンの名前はすべてカタカナ表記だったので、必死でカタカナを覚えたんです。ただ名前に“ヲ”が付くポケモンがいないので、私はずっと“ヲ”だけ書けなかった、というポケモン的オチはあるんですけど(笑)。

その後、97年からアニメも始まり、次々とグッズが売り出され、新しいゲームソフトも登場し……と、世間はポケモン一色に。そんな時代に子供時代を過ごしたので、まさに私はポケモンとともに育った、という感じ。本当にその世界観に魅了されていました。同年代〜私より少し上くらいの年代だと、みなさんおそらく同じような環境で育っているので、読者のみなさんのなかにも、似たような“ポケモン世代あるある”エピソードがある方もいるのではないでしょうか」

お話をうかがった会議室が集まる一画。部屋にはそれぞれポケモンの名前がついていて、そのぬいぐるみが部屋の前に置かれている。写真はイーブイの進化系ポケモンたちの名前がつけられた会議室のゾーン。撮影/FRaUweb編集部
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「そういった原体験を持っていたので、大きくなっても新しいポケモンのゲームが出るたび遊び続けていました。ゲームは全シリーズ制覇しています。現在、一番好きなソフトは2019年に発売された『ポケットモンスター ソード・シールド』ですが、思い出があるのは2013年に発売された『ポケットモンスターX・Y』。

当時私はスウェーデンの大学に留学していたのですが、『X・Y』は初めて世界同時発売されたソフトなんです。だから私はスウェーデンで、ポケモンファン仲間たちとその発売日を迎えられ、現地でソフトをゲットすることができたんです。嬉しかったですね。海外にもたくさんのポケモンファンがいるので、生まれや育ちが違っても「ポケモン」が共通の話題になっていくらでも会話することができました」

スウェーデンで当時購入したゲームソフト『ポケットモンスター X』写真提供/友野さん