「半沢直樹」で無表情を通した理由

「20代の頃のおいらは、東京で、劇団出身の先輩たちが徐々にドラマとかに出るようになるのを見て、『テレビの何が面白いんだ?』と冷めた目で見ていました。当時は、芝居は舞台でやるものだと思っていたし、将来は、アルバイトで食い繋ぎながら、芝居は舞台だけやっていけばいいやなんて考えていた。だから、テレビに進出する先輩たちに対しても、『生きていくためだけだったら、バイトすりゃいいじゃねぇかよ』と。おいらも、テレビでコントをやったり、ラジオで喋ったりしていたけど、売れたいとか、お金を稼ぎたいという欲は皆無で、『今日は1本いくらか』みたいな、警備員のバイトと同じような感覚でやっていたんです。テレビは、こんなにスタートからカットまでのスパンが短い中で、稽古もなしでみんなよく芝居を見せられるもんだな、と。そのぐらいの感想しかなかったです」

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それが、ある深夜ドラマで福澤監督と、のちに宮藤官九郎脚本で次々にヒットを飛ばす磯山晶プロデューサーと出会い、映像に対する姿勢を改めることに。

「テレビとか映画の世界も、一生懸命作っている人がいるとその時初めて気づいたんです。それからですね、呼ばれた限りは頑張らなきゃいけないな、と。作品作りに携わる以上、きちっとやっていこうという気持ちになりました」

『半沢〜』で福澤さんから声がかかったのは、その深夜ドラマ以来のことだった。
「気は進まないけど、出る限りは面白くなれ、と。もともと顔芸のドラマがあまり好きじゃないから、おいらは徹頭徹尾、無表情で通しましたけどね。堺(雅人)さんや香川(照之)さんが一生懸命な熱い芝居をする傍らで、おいらは、そうじゃない芝居でドラマに違和感を出していければ、出た意味があるのかな、と思ったんです。ジャイさん(※福澤監督の愛称)は、リハーサルを何回も、役者が酸欠になるぐらいやるんです。そんな中、おいらがさすがだなと思ったのは柄本(明)さん。熱い芝居をシニカルで見つめるような、ちょっとふざけた感じがあって。朝ドラとかなら平気でふざけられるおいらでも、『半沢〜』ではそこまでいけなかった。あ、でもジャイさんからNGは食らいませんでしたけどね」

撮影/山本倫子