貧乏旅をしながら約2年をかけてほぼ世界一周した様子を綴ったエッセイ『ブラを捨て旅に出よう』の著者で旅作家の歩りえこさんに、著書では綴られていないエピソードを披露してもらっているFRaU web連載「世界94カ国で出会った男たち」(毎月2回更新)。

今回は、魅力的な国でありながらも、一人旅のリスクを身をもって体験し、悔し涙と感動の涙を流したイエメン共和国でのエピソードをお届けします。

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機内食を食べようとしないイエメン人

アラビア半島に位置しながら他のアラブ国よりも石油産出量が少ないイエメン共和国。“アラブ諸国で一番貧しい国”と言われるが、近代的なビルが立ち並ぶこともなく、2500年前のアラビアンナイトの世界観がそのまま残されている貴重な国だ。

映画『アラジン』のようなイメージを期待して、ヨルダンのアンマンから乗り合いバスで首都サナアに向かうことにした。当時のイエメンは外国人誘拐の懸念から、陸路での国境越えができない状況。これまでずっとアラブ国境を陸路越えしてきたのに、イエメンだけはどうにもならないのだ。仕方なく、アンマンからイエメンの首都サナアまで、イエメニア航空で飛ぶことになった。

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飛行機に乗ると、驚くことに女性たちが皆一様に全身黒ずくめで、目以外すべてを覆い隠している。さすが敬虔なイスラム教国であるイエメン。戒律の厳しさを象徴している。さらに驚いたのが機内食だ。1時間あまりの短いフライトなので、離陸後すぐに機内食が運ばれてくるところまでは普通だったけれど、奇妙なことに誰も機内食に手をつけようとしない。どうしてだろう? 早く食べないと到着しちゃうけど……。

隣のイエメン人に尋ねてみると、どうやら今はラマダン(断食)中のため、皆で日没を待っているのだと言う。外国人は戒律を守る必要はないのだが、誰一人食べていない中で私だけ食べるのは正直気まずい。

仕方ないな。お腹はグーグー鳴っているが、ここは郷に入っては郷に従えだ。今にも沈もうとしている夕陽を窓からぼんやり眺め、機内食を我慢することにした。機内を見渡すと、空腹を意識しないように遠くを見つめる者、気を紛らわせるためにお喋りに夢中になる者、空腹過ぎてアラーの神に助けを求める者、逆にひたすら機内食を見つめて葛藤する者、さまざまな方法で食欲を抑えている。この状況、シュールだな……。

やがて一斉にお祈りを始める乗客たち。「アッラー#$%&……」日没するやいなや機内が一瞬にしてモスクに早がわりだ。アザーンは鳴り響かないにしても、この光景はまさしく“エアーモスク”状態。 お祈りが終わると、猛スピードで機内食の入れ物をこじ開け、皆ガツガツと食べ始めた。

突然のことに圧倒されていると、隣のイエメン人が言う。「あと3分もしないうちに片付けられてしまうから君も早く食べなさい」え? 3分って……。慌てて機内食を食べ始めたが、2分も経たないうちに本当に客室乗務員が片付けに来た。まだほとんど食べてないのにあんまりじゃないか……。こんなに焦って食べた機内食は、後にも先にも一度きりだ。結局完食しないうちに機内食は片付けられてしまい、慌ただしくイエメンへ入国した。

イエメン男性は髭を伸ばすのが主流で10代後半の男子も髭がある。写真提供/歩りえこ