競泳の瀬戸大也選手の妻で、元飛込日本代表の馬淵優佳さん。自身は3歳からずっと競技を続け、引退したのは2017年。現在は2人の子の母親となっています。引退後もアスリートの妻としてずっとスポーツと共に生きてきました。
だからこそ伝えたい「スポーツが教えてくれたこと」、連載の第1回では、3歳から始めた飛込という競技について、次第に苦しくなって「辞めたい」と思いながら、やめさせてもらえず、「辞めるのをやめた」という思春期の頃までを伝えてもらいました。それでもスポーツが素晴らしいとなぜ言えるのか、優佳さんの実体験から綴っていただきます。

撮影/杉山和行
(まぶち・ゆか)1995年2月5日生まれ、兵庫県宝塚市出身。甲子園学院高等学校、立命館大学スポーツ健康科学部卒業。戸籍名・瀬戸優佳 日本飛び込み界の第一人者である実父の馬淵崇英氏(元日本代表飛込ヘッドコーチ)に影響を受けて、3歳で水泳と飛込の練習を始める。本格的に飛込競技を始めたのは小学4年生からで、中学3年からは崇英氏の本格的な指導を受ける。その後、2009年には東アジア大会3メートル板飛び込みで銅メダルを獲得。2011年には世界選手権代表選考会3メートル板飛び込みで優勝をして、世界選手権に初出場するなど、飛込会では一番の若手選手に成長。立命館大学に進学後も日本学生選手権2連覇を達成、「入水のセンス」を武器に結果を残す。 2017年に競泳日本代表の瀬戸大也選手と結婚し、サポートに徹するために惜しまれつつも現役を引退。2018年に第1子、2020年に第2子と誕生し、2児の母となる。
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世界選手権代表に選ばれる

2011年、高校2年生になった私にとって大きな転機が訪れた。
国際大会派遣選手選考会に出場し、世界選手権の代表に選ばれた。この大会で決勝に残ればロンドンオリンピックの代表になれる大きな大会だ。さらにその大会の開催地が私の両親の母国である中国の上海だった。それからメディアからも一気に注目が集まり、中国の新聞にも取り上げられるようになった。結果、決勝に残れなかったものの、今までテレビで見てきたオリンピアン達に混ざって試合ができ、これまでに経験してこなかった緊張感と興奮を抱いた。なにより初めて現地で応援してくれた祖父母の喜ぶ顔は忘れられない。この時ようやく、辞めたくても歯を食いしばって続けてきた意味がわかった気がした。

そこから「好き」という気持ちにまでは至らなかったが、ようやく「自分にはこれしかない」と競技をやってきた自分を受け入れられるようになったのだ。そして、自分が競技をすることで誰かを喜ばせることができることそのものに幸せを感じるようにもなった
こうして幼い頃よりは少しだけ競技に対する考え方が変わってきたが、大学入学後にまた大きな壁が立ちはだかった。

卒業式の時の写真。立命館のアスリートたちが彩っている看板の前で、自分の写真を指差す。しかしこの笑顔の前には難関が… 写真提供/馬淵優佳