「結婚=幸せ」というステレオタイプ

そう、社会には「結婚=幸せ」というステレオタイプが確かに存在する。語弊を恐れずに言えば、女性の場合には「女は結婚してこそ幸せ」という固定概念は特に強いという気がする。私たちは様々な方法でこのステレオタイプと闘ってきた。

負け犬の遠吠え』(講談社文庫)
言わずと知れた酒井順子さんの本のタイトルである。「30代以上、未婚、子なし」を酒井さんは「負け犬」と定義する。その「負け犬」の中には、酒井さん自身も含まれているが、この本を読みながら、私たちは、酒井さんが自らの不幸を書きたかったわけではなくて、結婚していてもしていなくても、それぞれの生活に幸も不幸もあるということを冷静な観察眼によって綴っていることに気づく。だが、酒井さんは「私は幸せだーーー」と絶叫して世間のステレオタイプに正面から反旗を翻す代わりに、「負け犬」と自虐風にして世間からの風をゆるっとかわした。

『結婚しません』(講談社)
こちらは遥洋子さんの本のタイトルである。『東大で上野千鶴子にケンカを学ぶ』(ちくま文庫)で、フェミニズムの闘士になることを宣言した遥さんは、その翌年に「結婚しません」と、世間のステレオタイプに真っ向勝負を挑む。そんな彼女の闘い方を、世間は喝采しながらも「異物」として扱ったのだ。

女が1人で老いていくということは、不幸なことでなくてはならないというステレオタイプが、この世には確かに存在するように思う。そして、スマートに生きたいと願う世の女性たちの多くは、遥洋子流の喧嘩術よりも酒井順子流の処世術を好んできた。私も、その1人である。

メディアで問われるたびに、私は「結婚したいです!」と口にしてきた。

それは本音であり、本音ではない。結婚に対する漠然とした憧れはあるが、結婚生活にも我慢も妥協もあるのだろうと、なんとなく予感している。今のように、週の半ばにのんきに2時間の長風呂をして、ピザのデリバリーを頼み、それを安いシャンパンで流し込むなんていうタイプの幸せは、もしかしたらあきらめなければならないのかもしれない。

だが、そんな複雑な思いをだらだらと長くしゃべったところで、その部分は使われないか、または「高学歴エリート女」のイタさと捉えられる。だから、私は「結婚したいのにできない女」の立ち位置を自分で取りに行く。そうすると、ちょっとイタいが、それなりにかわいげのある女に評価を変えることができる。そうそう、私自身が、世間のステレオタイプを自ら演じてみせ、そうやってそれを強化しながら生きているのだ。

女性を貶めるようなステレオタイプは、私の中にも存在する。だからこそ、森会長の発言は、こんなにも私たちの心をざわつかせた。知人の1人が森会長の発言がここまで炎上する理由について「自分の心の中に女性を貶めるステレオタイプを見つけるのが怖い。そんなことない。私はそんな人間じゃない。それを証明するために躍起になっている側面がある」と評した。確かにそうかもしれない。