この“謝罪”会見を経て、コメントは一変する。「こういう発言をする人を表の看板にしておくことはできない。森会長は確かに実績があるから、裏にまわって力を発揮してもらおう」

確かにそうだ。これは穏当で妥当な解決方法だと、私も思う。オリンピックまで6か月を切っている。しかも、今回の開催は課題の山積みだ。森会長の経験自体は活用しながら、国民が気持ちよくオリンピックに向き合ってもらうためにはそれしかない。

うーん、そうだよね。そうなんだけど、でも、私はどうしても納得できなかった。

森氏の発言から考える「自分のなかのバイアス」

経団連の中西宏明会長が、森氏の発言について「日本社会の本音」と発言してこちらも炎上した。でも、これって本当のことなんだと思う。日本社会の深い所には、確かにこういう「本音」が存在する。それを国民から見えないところに隠して「建前」だけ綺麗にして、それって問題の解決になるのだろうかという気がしないでもない。

だって、今回の問題はJOC評議員会という記者も入った「表の会議」での発言だったから、明らかになった。それが、森氏が表の会議に出てこなくなって、夜の会食だかなんだか知らないが、「裏の会談」で実質的なことが決まってくことになったりしたら、それって表に出てこない分だけ、問題の根っこがより深くならない?

私は、これが“きっかけ”になればいいと思った。男女のみならず、私たちは陰に陽に様々なバイアスを持って生きている。それはある程度仕方ないことなんだけど、それと日々、向き合って、闘っていかなきゃならない。そういう闘いのスタートラインになればいいと思った。

が、私の「森さんに裏方にまわってもらって、表面だけを綺麗にするのはより問題の本質を根深くする」という、つたない発言は、「森さんはやめる必要がない」と捉えられ、森氏を庇ったみたいな形に聞こえたんだろうなと。それでプチっと炎上したのだろうなと。

炎上上等‼ 炎上なくして社会は変えられないという人たちの毅然とした背中を、私は心の底からうらやましいと思う。私の場合は、さほどの知名度がないので「炎上」というほど華やかに燃え盛ったりしない。どちらかというと、熾火がちらちらみたいな感じだ。

でも、それだって嫌なんだよ。この社会が変わったらいいとは思う。でも、自らガソリンを投下してまでという強い情熱はない。社会を変えるなんて大それたことは願わないから、このちっぽけな心の平穏を保ちたいというのが本音だ。

で、落ち込みながらも、私は今日は自分のなかのバイアスについて書いていきたいと思う。