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福島原発事故「10年目の真実」…「東日本壊滅」という最悪シナリオを回避できた「本当の深層」

NHKメルトダウン取材班 プロフィール

そのとき最前線で起きていたこと

メルトダウンは、核燃料に含まれるジルコニウムという金属と水が高温下で化学反応を起こすことで促進される。消防車の燃料切れでしばらく水が入らなかった2号機は、水─ジルコニウム反応が鈍くなり、1号機や3号機に比べて原子炉温度が上昇せず、メルトダウンが抑制された可能性が出てきたのである。

さらに格納容器は破壊ぎりぎりの高圧になったが、上部の繫ぎ目や、配管との接続部分が高熱で溶けて隙間ができ、図らずも放射性物質が漏れ出ていたことも破壊を防いだ一因とみられている。

そして2号機は、電源喪失から3日間にわたってRCICと呼ばれる冷却装置で原子炉を冷やし続けていたため、核燃料のもつ熱量が、1号機や3号機に比べると小さくなり、メルトダウンを抑制させたのではないかと指摘する専門家もいる。こうした僥倖が複雑に折り重なって、格納容器は決定的に壊れなかった。

しかし、もしこの僥倖の何かが欠けていれば、果たしてどうなっていたか。吉田所長ら当事者の頭を「最悪シナリオ」がよぎった後、私たちの目の前に、事故後日本社会が積み上げてきた10年とまったく違った10年が広がっていたのかもしれない。

近藤駿介内閣府原子力委員会委員長が作成した「福島第一原子力発電所の不測事態シナリオの素描」で明らかになった、最悪シナリオ発生時における移住を迫られる地域。福島第一原発の半径170キロメートル圏内がチェルノブイリ事故の強制移住基準に相当すると試算。250キロメートル圏内を、住民が移住を希望した場合には認めるべき汚染地域とした。CG:DAN 杉本、カシミール3Dを用いて作製。高さは2倍に強調している
 

核の暴走に人間が向き合った最前線では、時に決死の覚悟と英知が最悪の事態からの脱出に寄与したこともある。2号機の危機でも3日間奇跡的に原子炉を冷却し続けたRCICは、津波で電源喪失する直前に中央制御室の運転員がとっさの判断で起動させたものだった。

しかしこうした人間の力をはるかに超えた偶然が重なって、2号機は格納容器が決定的に壊れるという事態を免れた。それが事故から10年経って見えてきた「真実」ではないだろうか。

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