男子のトップ3。例年以上の好ゲームで魅せてくれた。MVPはコンサドーレの松村雄太(前段左端)(C)JCA IDE

北京五輪期待大! 「良き敗者」が底上げした日本男子カーリング

カーリング日本選手権観戦記 男子編
2018年の平昌五輪では、女子が銅メダル、男子も8位入賞と、大いに盛り上がった日本のカーリング。あれから3年。10年以上にわたってカーリングを取材してきた竹田聡一郎氏によると、北京五輪の代表選考を兼ねた日本選手権は史上まれに見るハイレベルな戦いが繰り広げられたという。コロナ禍のなか調整が難しかったはずのシーズン、なぜ選手たちはそんなハイパフォーマンスを見せることができたのだろうか。

唯一人チームに残ったオリンピアンの無念

2021年2月7日から14日の8日間、稚内市のみどりスポーツパーク開催された第38回全農日本カーリング選手権大会は、男子はコンサドーレの連覇、女子は北海道銀行フォルティウスの6年ぶりの優勝で幕を閉じた。

 

同大会は来年の北京五輪の国内選考も兼ねており、男子は連覇を果たしたコンサドーレが、女子は昨年王者のロ・ソラーレと今大会で優勝した北海道銀行で代表決定戦を行い、その勝者が、それぞれ五輪代表候補となる。
(※男子は、4月に行われる世界選手権で7位以内に入って五輪出場枠を獲得した場合は、北京五輪出場が内定。女子は、代表決定戦の勝者が世界選手権に出場し、五輪出場枠を目指すことになっていたが、世界選手権は中止され、選考方法は改めて発表される)

逆にいえば、この3チーム以外は北京五輪への道が絶たれてしまったことになる。

ただ、彼らの道程を単純に「敗退」と片付けてしまうのはあまりにも短絡的だ。誰もが「グッドルーザー(良き敗者)」で、どのチームも日本のカーリング向上させてくれた。彼らのこれまでの歩みを紹介したい。

SC軽井沢クラブのスキップ山口剛史は、エキストラエンドまでもつれたプレーオフ初戦、自身のラストショットが決まらずに惜敗した。しばらくの間、アイス脇に座りこみ、虚空を見上げていた。

この試合、SC軽井沢は、エキストラエンドを有利な後攻で迎えた。No.1ストーンは相手の黄色の石だったが、自軍の赤いストーンもろとも弾き出して、ラストロックはシューター(投じた石)さえ残せば勝ち。そんなシチュエーションだった。ハウスもオープン(特にガードストーンなどがない状況)で、山口の技術をもってすればシンプルとは言わないが、十中八九、決める一投だろう。

しかし、結果的にはミスとなってしまった。相手に1点をスチールされて試合は終わった。

本人は「投げる前までは自信があったが、(試合)終わってみると記憶はほとんど飛んでいた」と振り返っている。自覚していないプレッシャーが、ウェイトとターンの決断にミスを起こしたのかもしれない。

新生SC軽井沢クラブを支えた山口剛史。Youtubeなどでカーリング情報を発信するなど、アイス外でも積極的に動いた3年間だった (C)JCA IDE

同クラブは、2005年に総合型地域スポーツクラブとして発足した。「軽井沢から世界へ」を合言葉に研鑽を積み、時間はかかったが世界選手権や五輪にも出場を果たす。平昌五輪後、メンバーだった両角友佑・公佑の兄弟はTMKaruizaを結成、清水徹郎はコンサドーレ加入、平田洸介も地元・北見で新チームを立ち上げた。

唯一残った山口がスキップとなり、大野福公、小泉聡、金井大成、栁澤李空という新メンバーで北京五輪を目指したが、初シーズンは日本選手権にも出場できなかった。「五輪なんて無理だ」と断じる声もあったが、山口は持ち前の明るさで「伸びしろしかないし、今はチーム作りが楽しい」と語り、粘り腰でチームビルディングを続けた。2年目にはツアーで優勝するなどの結果を出し日本選手権に初出場すると3位入賞。北京五輪も夢ではないポジションまで上がってきただけに、その無念は推し量れない。

ただ、「これより先に進めないというのが非常に残念。今後のことは今は何も考えられない」と山口本人は肩を落とす一方で、チーム最年少の栁澤は「今は悔しい気持ちでいっぱい」としながらも、「まだまだ上を目指せる、まだ伸び代がある、ということがわかったので、気持ちを切り替えて次のオリンピックまでみんなで進んでいきたい」と即答した。これまで山口が牽引してきたチームだが、若手に突き上げられる新しい形でのチーム存続が期待される。

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