テスラは大手自動車メーカーに売り飛ばされるかもしれなかった

テスラモーターズという革命(4)
アシュリー・バンズ プロフィール

「テスラは限りなく将来性のない会社」

エバーハードが更迭された後、取締役会は暫定CEOにマイケル・マークスを任命した。EMS(電子機器受託生産)大手のフレクストロニクスの経営を預かった経験があり、複雑を極める生産業務やロジスティクスにも明るいことから白羽の矢が立った。

マークスは手始めに社内の各部門の聞き取り調査を実施し、問題点のあぶり出しを進めた。また、現場では生産性の基準をそろえるため、全員が同じ時間に出社するといった基本規則を導入した。「仕事はいつでもどこでも」のカルチャーが根付いているシリコンバレーでは、かなり特異な規則だった。

「マーティンは精神的にもかなり参っちゃって、経営者としての資質を欠いていました。後任のマイケルは混乱の原因を冷静に見極めて、ダメなものをどんどん排除していきました。組織にしがらみがないので、『みんながどう思おうと気にしません。やるべきことをやるまでです』と言わんばかりに大ナタを振るっていました」(ストラウベル)

マークスの戦略が功を奏し、エンジニアらも社内政治に振り回されることなく、ロードスター開発に安心して専念できるようになった。だが、今度はマークスの掲げるビジョンがマスクと乖離し始めていた。

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そのころまでには、テスラはより広い場所に生産拠点を移し、バッテリーパック製造工程もアジアから米国に引き揚げ、クルマの組み立て工程の一部も手がけるようになっていた。その結果、サプライチェーン関連の問題はかなり緩和されていた。自動車メーカーとしての経験が深まってはいたが、それでもまだベンチャーらしさは消えていなかった。

ある日、マークスが工場内を歩いていると、リフトにダイムラーの小型車「スマート」が置いてあることに気づいた。マスクとストラウベルが勝手に電気自動車の超小型版の可能性を探るミニプロジェクトを進めていたのだ。

「マイケルの耳に入っていなかったため、『この会社のトップは誰だと思ってるんだ?』と腹を立てたんでしょう」(ライアンズ)

マークスは、何よりもまず、大手自動車メーカーに資産として売却できるレベルにまでテスラモーターズを事業として作りこみたかった。フレクストロニクス経営時代、グローバルな巨大サプライチェーンを手がけ、その難しさを嫌というほどわかっていたからだ。

つまり彼の目には、テスラは限りなく将来性のない会社と映っていたのである。たった1つしかない製品もロクに完成させられない、コスト管理はなってない、納期も守れない。それでいてエンジニアが本業そっちのけで副業のような実験に明け暮れている。マークスが将来を期待していないのも無理はなかった。

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