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テスラは大手自動車メーカーに売り飛ばされるかもしれなかった

テスラモーターズという革命(4)
気候変動への認識の変化が自動車産業界を大きく変え、電気自動車の開発にトップ企業がしのぎを削るようになった。火付け役にして先頭ランナーはもちろん、イーロン・マスクが率いるテスラモーターズだ。2人の起業家が「テスラモーターズ」を立ち上げ、イーロン・マスクが出資したのが2003年。株式時価総額が世界7位になった今からは信じられないことだが、創業当初、テスラの事業計画は周囲から一笑に付されていた。しかし創業者には気候変動を何とか止めたいという強い信念があった。どんな思いと先見性が世界市場を開拓したのだろうか。創業前から最初の試作車「ロードスター」完成までの「100%の電気自動車」誕生史を、「読者が選ぶビジネス書グランプリ」2016年グランプリを受賞した『イーロン・マスク 未来を創る男』第7章「100%の電気自動車」から4回にわたってご紹介しよう。

会社のゴタゴタ

2007年8月、テスラ取締役会は、エバーハードを降格させ、技術担当役員に任命した。これが会社の問題を余計に悪化させることになる。

「マーティンはかなりショックだったらしく、うろたえていましたね。社内を走り回って不満をぶちまけていました」とストラウベルが語る。テスラの社員の中には、エバーハードが財務ソフトに細工をして、コストを正しく記録しているように装っていたとの見方も出ていた。

数ヵ月経ってもエバーハードの怒りは収まらない。割を食うのはテスラの社員だ。あたかも両親が離婚秒読み段階で、どちらかにつかなければならない子供のような思いで事態を見守っていた。

12月には、修復不能な状態となり、ついにエバーハードは会社を去ることになった。テスラの公式発表では、経営諮問委員への就任を要請したが、本人が固辞したことになっている。同時にエバーハード自身も「自分はもはやテスラモーターズの人間ではありません。取締役でもないし、従業員でもありません。待遇に満足しているわけではありません」との声明を出した。

 

一方のマスクは、シリコンバレーの新聞に次のようなコメントを伝えた。「このような結果となり残念でなりません。もっと違った形になってほしかったと思います。性格が合わなかったわけではありません。経営諮問委員就任要請は、取締役会の総意で決まりました。テスラは業務運営上の問題を抱えており、マーティンがなんらかの形で解決に貢献してもらえると取締役会が判断していたなら、今も従業員として在籍していたはずです」

2007年が幕を閉じても、テスラには依然として問題が山積していた。カーボンファイバーのボディーは見た目こそ美しかったが、塗装は困難を極めた。上手に塗装ができる業者を探しまわったほどだ。バッテリーパックにも時折問題が生じていた。ボディーパネルには、見てすぐわかる継ぎ目が出ることもあった。2速トランスミッションの採用は難しいという現実にも対応せざるを得なかった。1速トランスミッションでも、優れた時速0─60マイル加速性能を実現するためには、モーターやインバーターから設計し直し、重量も削る必要があった。

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