快適性にこだわるマスク、悪夢のようなコスト。衝突は起きるべくして起きた

テスラモーターズという革命(3)
アシュリー・バンズ プロフィール

初期テスラ最大の失敗

ただ、こうした機能のおかげでプロジェクト全体の進行が遅れたとエバーハードは愚痴をこぼす。多くのエンジニアも同じ思いだ。その点についてはバーディチェフスキーの説明が参考になるだろう。

「当時、イーロンの命令は絶対で、どんなに理不尽でも応じるしかなかったですね。だから会社全体がマーティンに同情的でした。いつも現場にいたのは彼ですから。現場はとにかく一刻も早く出荷したかったんです」

2007年半ばごろにはテスラの社員数は260人に増え、もはやテスラの前に不可能はないかに見えた。すでに世界最速にして最高に華麗な電気自動車をゼロから生み出した実績がある。次は量産だ。だが、そこに待ち構えていたのは、倒産を覚悟させるほどの過酷な状況だった。

テスラ経営陣が初期にしでかした最大の失敗は、トランスミッションシステムの想定ミスだった。ロードスターのスピードこそが世間の注目を浴び、運転の楽しさにつながるとの期待から、常に「時速0─60マイル加速」の性能にこだわり続けた。テスラのエンジニアは、モーターから車輪への力の伝達機構であるトランスミッションを2速式でいこうと決めていた。1段目のギヤは時速0─60マイル加速で4秒未満を達成、2段目のギヤで時速130マイル(時速約209キロ)にまで加速する。このトランスミッションの設計・製造を英国の専門業者に委託した。

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「あのロバート・フルトンが蒸気機関を作ったころからトランスミッションはあったわけですから、単に業者にオーダーすればいいと思うじゃないですか。ところが最初に納品されたトランスミッションはわずか40秒しかもちませんでした」とエンジニアのビル・カリーは苦笑する。社員番号86、シリコンバレー出身の技術者だ。

1段目のギヤから2段目に切り替わるところでスピードを処理しきれずに壊れてしまうのだ。モーターとうまく連係できなければ、やがてはクルマに致命的なダメージが生じる。即座にライアンズらが問題の解決に当たった。他の業者を探しまわったのだが、ここで困ったことに気づく。どうやら業者側は、こちらがシリコンバレーの弱小ベンチャーと知ったとたんにナメてかかり、腕利きの「一軍」チームに任せていないようなのだ。専門家に壊れたトランスミッションの原因分析をしてもらったところ、14もの問題点が見つかった。

テスラとしては2007年11月にロードスターをデビューさせたい。だが、トランスミッションの問題が解決できていない。2008年1月1日までに量産を開始できなければ、トランスミッションを一から考え直さなければならない。

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