一連のお祭り騒ぎに時間を割いた後、テスラは再び研究開発に力を注ぐ。幸いテスラにとっては追い風がある。コンピュータ技術の進歩である。小規模の自動車メーカーでも、大手並みの力を発揮できるようになった。
昔はクルマを何台も使って衝突試験を実施しなければならなかったが、テスラにそんなことはできないし、その必要性もなかった。ロードスターの第3の試作車も大手メーカーと同じように衝突試験施設で試験を受けたが、最高水準のカメラなど画像処理技術が利用できる。コンピュータシミュレーションを駆使した試験を大量に実施するため、壊れたクルマの山を作らずに済むのだ。
長い歴史の中でさまざまな慣行ができあがっていた自動車業界で、テスラのエンジニアはシリコンバレー流を持ち込むことがたびたびあった。
たとえば、ブレーキテスト用のトラックはスウェーデン北部の北極圏に近いところにある。広大な氷原で自動車の調整をするのだが、通常は3日間ほど走行させ続けてデータを収集し、何週間もかかってチューニングを重ねていくのが一般的だ。だからこのチューニングだけで一冬かかる。ところがテスラは、ロードスターと一緒にエンジニアを送り込み、現地でデータ分析をしてしまう。調整の必要があれば、その場でエンジニアがプログラムをいじって、すぐに氷原で再試験するといった具合だ。
「BMWなら関係会社が3社か4社集まって会議をして、責任のなすりつけあいが始まりますよ。うちは全部自分たちで直すので」とターペニングは胸を張る。
テスラでは、創業当初からエンジニアの間でエバーハードの即決即断力が高く評価されていた。実際、状況分析に時間を取られすぎるようなことはなかった。ある攻略方法でチャレンジして失敗しても、まだ時間があるなら新しいやり方で再挑戦すればいいからだ。
ロードスターの開発遅れが発生したのは、マスクがあれこれ変更を命じたためだ。マスクはとにかく快適性にこだわり、シートやドアにいたるまで変更に次ぐ変更を要求した。ボティーのカーボンファイバー化を優先し、ドアの電子センサーを採用したのもマスクの求めに応じたものだ。こうすれば指で触れるだけでドアを開錠できる。