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快適性にこだわるマスク、悪夢のようなコスト。衝突は起きるべくして起きた

テスラモーターズという革命(3)
気候変動への認識の変化が自動車産業界を大きく変え、電気自動車の開発にトップ企業がしのぎを削るようになった。火付け役にして先頭ランナーはもちろん、イーロン・マスクが率いるテスラモーターズだ。2人の起業家が「テスラモーターズ」を立ち上げ、イーロン・マスクが出資したのが2003年。株式時価総額が世界7位になった今からは信じられないことだが、創業当初、テスラの事業計画は周囲から一笑に付されていた。しかし創業者には気候変動を何とか止めたいという強い信念があった。どんな思いと先見性が世界市場を開拓したのだろうか。創業前から最初の試作車「ロードスター」完成までの「100%の電気自動車」誕生史を、「読者が選ぶビジネス書グランプリ」2016年グランプリを受賞した『イーロン・マスク 未来を創る男』第7章「100%の電気自動車」から4回にわたってご紹介しよう。

シリコンバレー流のクルマ作り

一連のお祭り騒ぎに時間を割いた後、テスラは再び研究開発に力を注ぐ。幸いテスラにとっては追い風がある。コンピュータ技術の進歩である。小規模の自動車メーカーでも、大手並みの力を発揮できるようになった。

昔はクルマを何台も使って衝突試験を実施しなければならなかったが、テスラにそんなことはできないし、その必要性もなかった。ロードスターの第3の試作車も大手メーカーと同じように衝突試験施設で試験を受けたが、最高水準のカメラなど画像処理技術が利用できる。コンピュータシミュレーションを駆使した試験を大量に実施するため、壊れたクルマの山を作らずに済むのだ。

長い歴史の中でさまざまな慣行ができあがっていた自動車業界で、テスラのエンジニアはシリコンバレー流を持ち込むことがたびたびあった。

 

たとえば、ブレーキテスト用のトラックはスウェーデン北部の北極圏に近いところにある。広大な氷原で自動車の調整をするのだが、通常は3日間ほど走行させ続けてデータを収集し、何週間もかかってチューニングを重ねていくのが一般的だ。だからこのチューニングだけで一冬かかる。ところがテスラは、ロードスターと一緒にエンジニアを送り込み、現地でデータ分析をしてしまう。調整の必要があれば、その場でエンジニアがプログラムをいじって、すぐに氷原で再試験するといった具合だ。

「BMWなら関係会社が3社か4社集まって会議をして、責任のなすりつけあいが始まりますよ。うちは全部自分たちで直すので」とターペニングは胸を張る。

テスラでは、創業当初からエンジニアの間でエバーハードの即決即断力が高く評価されていた。実際、状況分析に時間を取られすぎるようなことはなかった。ある攻略方法でチャレンジして失敗しても、まだ時間があるなら新しいやり方で再挑戦すればいいからだ。

ロードスターの開発遅れが発生したのは、マスクがあれこれ変更を命じたためだ。マスクはとにかく快適性にこだわり、シートやドアにいたるまで変更に次ぐ変更を要求した。ボティーのカーボンファイバー化を優先し、ドアの電子センサーを採用したのもマスクの求めに応じたものだ。こうすれば指で触れるだけでドアを開錠できる。

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