9万ドルの車に富裕層殺到!イーロン・マスクが自動車業界の脅威となった日

テスラモーターズという革命(2)
アシュリー・バンズ プロフィール

財産はリチウムイオン電池の進化を見抜いたこと

出資が決まってからほどなくして、マスクはストラウベルとテスラ創業メンバーを引き合わせた。ストラウベルはテスラの噂を耳にしていたが、最初はその計画にかなり懐疑的だった。自分以上に電気自動車に深く食い込んでいる人間がこの世にいるわけがないとの自負があったからだ。ともかくストラウベルはテスラのオフィスを訪ねた。そこから話は早かった。2004年5月、年俸9万5000ドルでストラウベルの入社が決まった。

「イーロンの資金でバッテリーパックの開発を進めていると伝えたんです。じゃあ、力を合わせて一緒にやろうじゃないかと、話がまとまりました」とストラウベルは言う。

この時点でデトロイトあたりの自動車関係者もメンバーに加えていたら、チームは大混乱に陥っていたかもしれない。当時のテスラにいた「専門家」といえば、無類の自動車好きの創業者2人、そしてさまざまな科学博覧会で自動車業界関係者から笑われそうな出展を繰り返していた男たちだけ。おまけに、彼ら創業メンバーは、自動車業界の関係者には起業について助言を求める気がさらさらないときている。

いやテスラがおかしいのではない。シリコンバレーのベンチャーなら皆こんな調子だ。ハングリー精神旺盛な若いエンジニアをそろえ、走りながら考える。そんなテスラに財産があったとすれば、18650リチウムイオン電池が非常に優れた電池で、今後も進化し続けると誰よりも早く見抜いていたことだろう。そこに、ちょっとした努力と知性が組み合わされば十分ではないか。

リチウムイオン電池工場 Photo by GettyImages
 

ストラウベルは、母校スタンフォード大学のソーラーカーチームを通じて、知性あふれるエネルギッシュなエンジニアと直接のパイプを持っていた。ジーン・バーディチェフスキーは、そのソーラーカーチームのメンバーで、ストラウベルが語るテスラの話に胸をときめかせた1人だ。

まだ学部生だったが、テスラに惚れ込み、自主退学して無給でテスラの雑用係を勝手に始めた。創業者らは彼の意欲に心動かされ、即座に採用を決める。社員番号7のバーディチェフスキーの1日は、メンロパークのオフィスに顔を出し、その後、ストラウベルの自宅のリビングルームに移動、パワートレーンの3次元モデルをコンピュータ上で製作し、さらにガレージでバッテリーパックの試作品を作っていた。「今考えれば、異常だよね」とバーディチェフスキーは笑う。

関連記事