最初の結婚とその後の離婚。
自活を目指したその先に……

今も懸命に伝統を守り受け継いでいく皆さんのためにも、自分の振る舞いでイメージを損なってはならない。恩のある花街を大切に想うゆえに、自分自身を抑え込むこともいつしか疑問に思わなくなっていったとき、芸妓引退後の社会でMOEさんの「自分らしさ」と向き合う日々がはじまります。

「芸妓時代に出会った人と恋をして、最初の結婚をしました。結婚を機に食を通じて家を支えたいと考え料理学校に通い始め、仕事で日本と海外を往復することが多かった夫に帯同する生活が始まりました。現地の方との交流に日本料理を振る舞ったとき喜んでもらえ、食を通じて日本を知ってもらえることに新たな喜びを感じました。忙しいけれど充実していた芸妓を辞め、何の不自由もない結婚生活をさせてもらっていましたが、外へ働きに出ることを快く思ってくれない夫との生活の中で、次第に「私は社会のなかで必要とされていないんじゃないか」と思うようになりました。夫とは素の自分を出すことのない芸妓時代に出会ったからか、本音で話すことを遠慮してしまう自分もいて、妻として尽くさないと、と思い直すことを繰り返し数年頑張ってみたものの、自由を求める気持ちをごまかすことはできずお別れしました。

祇園引退後、一度目の結婚ではじめての海外生活。芸妓時代は日焼けができなかったため、海で日焼けを楽しんだり、いろんな国の方と出会ったり、まだ知らないことだらけだと気づいた頃。写真提供/MOE

一人で帰国し、はじめて自分のお金で小さなアパートを借りて「これからは自分一人で、自立して生きていこう」と心新たに仕事探しに励みました。カフェやお花屋さんで働いたり、派遣会社に登録に行ったり、会社員を経験したり……自分に何ができるだろうと模索し続けました。働くことで踏み出した社会は、花街とはあまりにも違う世界。かつて身につけた「自分の意見は控える」という対応が裏目に出て、催促ができなかったり、上手に断れなかったり……。分かってはいましたが、精神的にも金銭的にも楽ではない日々でした。

離婚後、カフェでアルバイトしていた頃。何か自分を変えたくてはじめて髪を染めたり、今まで着てこなかったカジュアルな服装に挑戦。写真提供/MOE

それまで舞妓・芸妓としてあるべき姿を求められること、そしてそのように振る舞うことに疑問を持たなかった私が、「自分自身」や「自分らしさ」を強く意識したのは、こうした離婚後の自活を志していた時期だったと思います。自立することの厳しさ、仕事での失敗、人間関係の難しさとそれらから得た気づき……。そうした経験を経て少しずつ、「舞妓・芸妓らしさ」から本来の「自分らしさ」へのマインドチェンジにつながっていったように思えます」

メーカー勤務時代は、商品をスーツケースに入れて全国へ出張販売していました。写真提供/MOE