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# ジェンダー

森喜朗氏の「女性蔑視発言」、本質は日本の「上下関係」ではないかと米在住者が感じたワケ

そもそも日本語には「上」「下」という言葉が多い

女性蔑視発言により、東京オリンピック・パラリンピックの組織委員会会長、森喜朗氏が辞任を表明した。発言内容も問題だが、反省の色が見えにくい謝罪会見や、後任選出基準に森氏の圧力が見え隠れしたことなど、その後も尾を引いた。

また異常なまでに報道が過熱し、舌禍がオリンピック開催の可否論争にまで波及したが、18日には新会長として、橋本聖子オリンピック・パラリンピック担当大臣が就任し、一応の決着がついた形だ。

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さまざまな問題が噴出した一連の流れを、筆者は海外から俯瞰していて考えたことがある。

男女差別もさることながら、日本は年齢、職業、国籍や移民ステータスなどで相手をジャッジする傾向がある。

筆者はこれまで個人事業主として、多くの日本企業の海外サポートをしてきた。そのほとんどが気持ちの良い取引で終わったが、なかにはとある大企業のお偉いさんが女性、年下、個人事業主など明らかに自分より弱い立場の人に対して見下すような態度なのを、側から見かけたことがある。

20年近く住んでいるアメリカではあまり見たことがなく、日本のビジネスをリードする立場にある人がこんなあからさまなことをするのかと驚いたものだ。

 

そもそも日本語には「上司」「部下」「卑下」「下っ端」「上から目線」「下働き」「見下す」など、人間関係において「上」や「下」の言葉が多い。

筆者が日本に住んでいた2000年初頭までは、「上級国民」や「マウンティング」などという言葉を日常的に聞くことはなかったが、最近は頻繁に耳にするようにもなった。上下関係を言葉ではっきりと示す傾向は、近年特に顕著になっているのかもしれない。

また日本人は年配の人、先生と呼ばれる地位の人、会社の役職に付いていたり名刺の肩書きがよい人などを一律に「エライ」と持ち上げる傾向がある。健全な人間関係というのはお互いフェアであるべきで、上とか下などの考え方は不要なはずだ。

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