芥川賞受賞『推し、燃ゆ』の宇佐見りんが語る「“推し”と“癒し”の関係」

恋人とも家族とも違う、推しという存在

芥川賞を受賞した『推し、燃ゆ』の著者である宇佐見りん氏へのインタビューをお送りする。

「推し」という概念

―芥川賞受賞で一躍話題となった本作『推し、燃ゆ』。この物語は主人公の女子高生・あかりの「推し」ているアイドルがファンを殴り、炎上するところから始まります。「推し」や「推す」は最近の言葉だと思いますが、「ファン」とはどう違うのでしょうか?

ファンというのは、スターや芸能人を応援する側の言葉です。追っかけや親衛隊もそうですよね。

それに対して「推し」は、応援される側を指す言葉で、アイドルの世界で使われていたようです。「私のいち推し」という意味での「推し」で、彼らを応援することを「推す」と表現します。

「推し」という言葉が独特なのは、潜在的に「私の」という所有格が付いているところ。「私とあなた」の関係性が明確に存在する、良くも悪くも強い言葉だなという印象です。

といっても、推し方は人それぞれです。趣味の一環で、日々に潤いをもたらしてくれる存在として推している人もいます。しかし、己の人生の大部分をかけて、推すことが生きがいになっている人もいる。

まだあまり理解されていない、そういう人の生き様を小説に書きたいと思いました。

 

―あかりにとっては、まさに推しの存在が生きがいになっていますが、家族や周囲には理解されません。〈現実の男を見なきゃあな。行き遅れちゃう〉と言われるなど、一方的な関係は不健全だと捉えられがちです。

私にも8年推している俳優さんがいるのですが、確かに、熱量の方向性で言えば一方的な関係です。どれだけ推してもほとんどの場合、パフォーマンス以外には向こうから返ってくるものはない。

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