警官隊出動! 執事の僕が、怪事件の真っただ中に放り込まれた顛末

のら猫役者の事件簿 執事編(3)
久我未来——俳優。『3年B組金八先生 第4シリーズ』(1995〜96年/TBS系)をご覧になったことがある方なら、「あの、裏拳をとばされた生徒」として覚えているかもしれません。
あれから26年。彼は40歳となるまで、役者、ミュージシャンとして頑張ってきました。競争の激しい世界では食えない時期もあり、さまざまな職業で糊口をしのぐこともありました。そんななか、見つけた仕事はなんと執事。変わり者揃いの一族に仕えるなかで、ある日、とんでもない事件が起こる――。
 

エレベーターが開いた……そして、事件勃発!

「SPなんですよね?」

そう、声をかけられた。 12時間の夜勤を終えた帰り道に必ず寄る、コンビニエンスストアの店員さんからだった。僕は吹き出して、こう尋ねる。

「そう、見えますか?」

朝7時過ぎに、黒のスーツで入店し、一目散に店内奥の冷蔵庫を目指す。いつも、2本の缶チューハイだけを手に取り、レジに向かう。その口調はバカ丁寧で、決して良いとは言えない目つき。眼球だけを動かして周囲を警戒し、背後に誰かが立つことを嫌う。そのような人物が殺し屋ではないならば、確かにSPに見えなくもないかもしれない。

のちに仲良くなる店員さんが言うには、夜勤スタッフの間で「彼は、どんな仕事をしているんだろう」と暇つぶしのネタになっていたらしい。他愛もない暇つぶしは「彼は、人を護る仕事」「いや、政治家の警護」「あの目つきだから」と発展していく。大神家の館の近くには、その政治家が住んでいるとのことだから、納得できなくもない。挙句、僕のあだ名は“SP”に落ち着いくことになる。”SP”こと”執事”、またの名を“応募段階ではマンション管理人”は、その朝もチューハイを2缶買い、近くの公園で一日の終わりに安堵していた。

【1月末】
つかの間の休息から、11時間後。僕はいつも通りに出勤し、順調に業務を済ませていた。最後の巡回を目前にした、24:38のことだった。エレベーター内の映像に、ランさんが映った。左手にスマホを持ち、誰かと話しているようだ。こんな夜中に、外出だろうか。エントランスに出て、待機する。エレベーターを降りた彼女は、こちらに顔を向けたがあからさまに見えないふりをして、僕の目の前を通り過ぎた。そして、ドアを出たエントランスで立ち止まるとスマホに向かい、大声で怒鳴った。

「もう、家には戻らないから!」

だらりと下げた右手に握られた金属が、鈍く光っている。

包丁! だった。

僕は、瞬時に状況を理解した。これが“暴れる”だ。働き始めて3ヵ月経たないうちに、遭遇してしまったことになる。このような場合、情報収集はもちろんのことだが、もう一つ、配慮するべきことがある。目の前で起きている出来事を“問題”として捉えていることを悟らせず、明るく接するのだ。僕は刃渡り20cmほどの包丁が見えないふりをしながら、話しかけた。

「どうしたの? 外出? 部屋着だと、寒いぞー」

彼女は僕に応える代わりに、左手のスマホに向かって、大声を張り上げた。

「ランちゃんなんか、死んじゃえばいいんでしょ!」

通話中の相手に喋ってはいるが、これは僕に言っている台詞なのだろう。スピーカーホンの声は、意外にも年頃の男性ではなかった。

「ランちゃん、今、どこにいるの?」

中年女性の声だ。宗教の勧誘を思い出す、作為的なまでに優しい声だった。

「エレベーターを出た。もうすぐ、外に出るから!」

外に出られるのは、何としてでも阻止せねばならない。銃刀法違反はもちろんのこと、傷害事件、自傷行為のリスクも十分に考えられる。今こそ、腕の見せ所。過去の経験を総動員させるときだ。面接で採用してくださった久石課長を後悔させたくない。まずは、彼女の意識を“外に出る”から逸らすこと。それだった。

「誰と電話してんのー?」

「お母さんの友だち」

なるほど。専務から聞いていた、ランさんのお世話係だ。お母さんに言いにくいことなど、彼女が悩みのすべてを話す相手だった。お世話係に話した内容は、すべて専務に流れる仕組みになっている。

「これから、外に出るから!」

宣言するわりには、一向に足を動かそうとはしない。彼女は、引き止めてほしいのだ。しかし、ここで止めては逆効果になる。最も良いタイミングで、自分から外に出たくなくなるように促すのが理想的である。

「ランちゃん、包丁を持ってるんでしょ? 執事さんに渡して?」

思わず、眉間に皺が寄ってしまう。包丁を意識させるなんて、愚の骨頂だ。しかし、外に出られるよりはマシかもしれない。僕は慌てて、ごまかす。

「あ、何持ってるの、ランさん!」

「包丁」

そうですね。包丁、ですね。大きいですね。その包丁は錆びており、ところどころ刃こぼれしていた。長らく料理には使われていないのかもしれない。

「家には帰らないもん!」

そう叫ぶと、彼女の足はエントランスのドアに向かった。僕は、わざとらしく「まったくもう」という表情を作り、包丁を握っている右手側、斜め右後方に移動する。行く手は決して阻まず、笑顔でついていく。現時点で無理に止めても、暴れるだけだ。方法を問わないならば、包丁を取り上げること自体は難しいことではない。しかし、そうした場合、僕はどのような処分を受けるのだろう…という疑問が頭をかすめる。

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