209人が犠牲になった「最悪の海難事故」、生き延びた男が「黒い海」で見たおぞましき光景

「船はその一撃で沈んだんだな。いつ手すりから手が離れたかもわからない。気付いたときは水のなかだった。水面に浮かんで、水面を見ても真っ暗で身体が波とうねりで回転させられて、どっちが水面だかもわからない。

もう、あとは無我夢中でとにかく水をかいて、水面に顔が出た。水中から上までは五~七メートルはあっただろう。俺が水面に顔を出したときは人の顔は見えず、真っ暗で、一メートル先も見えなかったが、波が大きいのに驚いたよ。ビルみたいな壁みたいな波だよ」

1965年10月、北マリアナ海域アグリガン島の沖合で操業中だった静岡県のカツオ釣り漁船団を台風29号が直撃。7隻が沈没し、209人が死亡する海難事故が起きた。とくに静岡県伊豆半島戸田村(現沼津市)からは多くの村民が漁船団に参加しており、村内の犠牲者は74人に上った。生還したのはわずか二人。

2014年、筆者は生き残りの一人である佐藤忠三郎さん(取材当時77歳)に話を聞いた。以下は、暴風雨のなか波に飲まれ、海面に叩きつけられ、それでも九死に一生を得た、事故当時27歳の佐藤さんの、壮絶な証言である。

〔PHOTO〕iStock
 

寝台に流れ込んできた海水

出港する9月26日の朝は、家を出てくるときも、女房や婆さん、お袋にも、大きな声で威勢よく、頼むよーと言ってきたんだ。何一つ不吉な予感はしなかった。海は凪で良好だった。船はまっすぐにマリアナ沖を目指して南下していった。

アグリガン島に着いたのは10月6日の朝9時ごろ。島影が見える沖合で停泊しながら、全員が甲板に出て荒天準備にかかった。直前の気象通報では、台風29号の位置は東経145度北緯17度、北北西から北西に進路を向け、最大風速は中心が25メートルで半径100キロ以内は15メートルくらいの風と聞かされていたわけだ。位置は飛行機観測で正確とのことで。

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