日本には「国民的アーティスト」が圧倒的に不足している…「完売画家」がコロナ禍に考えたこと

中島 健太 プロフィール

まず大きいのは、コロナ禍においてもアート展は他のエンタメイベントに比べると開催が容易であるということだ。

大規模な音響設備や専門スタッフなどがいなくても、空間さえあれば設置が可能でそれ自体にかかるコストも大きくない。

そしてアート鑑賞で体験する熱狂には歓声も密集も必要ないのだ。

ある方が「良いアート」を以下のように言い表していた。

「良いアートというのは食あたりに似ている。自分の体なのに自分の意思とは無関係に体が反応してしまう」

良いアートに触れたとき、人はどうしようもなく感情が揺さぶられる。

なぜか鳥肌がたったり、思わず涙したり、あるいは怒りがこみ上げたりもする。

つまり、アート鑑賞というのはとても個人的な行為でその熱狂や感動を誰かと共有する必要は無い。その静かな熱狂こそこのコロナ禍におけるアートの圧倒的な強みであり、あらゆるエンタメが停滞する中でもアートは力を発揮出来ると僕が考える理由だ。

 

しかし一方で問題もある。

国民的アーティストと言ったとき、皆さんの頭に浮かぶのはいったい誰の顔だろうか?

ほとんどの人は、アーティストと言えば、ピカソ、ゴッホ、アンディー・ウォーホル 、バンクシー? 日本人は、村上隆? 草間彌生?

そんな感じだろう。

そうなのだ、日本においては国民的アーティストが圧倒的に不足しているのだ。

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