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今も奇跡的に残る「土葬の村」。そこで見た、消えゆく弔いの風習とは

最後の「土葬の村」発見!

日本の伝統的な葬式である「土葬・野辺送り」が姿を消したのは、昭和の終わり頃とされている。
入れ替わるように火葬が増え、現在、日本の火葬普及率は99.9%を超えた。
土葬は、日本の風土から完全に消滅してしまったのだろうか?
『土葬の村』の著者である高橋繁行氏は、「土葬・野辺送り」の聞き取り調査を30年にわたって続け、平成、令和になっても、ある地域に集中して残っていることを突き止めた。

それは大和朝廷のあった奈良盆地の東側、茶畑が美しい山間にある。剣豪、柳生十兵衛ゆかりの柳生の里を含む、複数の集落にまたがるエリアだ。
日本の千年の弔い文化を記録した『土葬の村』から、土葬の現状を綴った「はじめに」を公開する。

消えゆく土葬文化

この本はおそらく、現存する最後といっていい土葬の村の記録である。

1990年代初め、私は大阪府の北端にある能勢町で土葬の聞き取り調査を始めた。今から30年前のことで、この村にもまだ土葬は半数の家で残っていた。

本格的な土葬の調査を行ったのは、21世紀に入ってからである。

手始めに古い因習の残る滋賀県の村を訪ね歩いた。琵琶湖の北にある余呉湖の村、伊吹山のふもとの村、彦根、蛭谷村という木地師(きじし)の里、近江富士で知られる三上山のふもとの村、東近江市蒲生の村、さらに琵琶湖湖西に位置する村……。

それぞれの村の古老に会い、くまなく話を聞いてまわった。

その結果、古老たちは土葬の風習をまだ鮮明に覚えていたが、そのほんの少し前に土葬そのものは、あらかた消滅していることがわかった。

統計の数字を見ても、このころ土葬が急速になくなっていることが窺える。2005年の時点で、日本の火葬率は99.8%に達していた。

土葬が残る奇跡のエリア

土葬調査の合間に別の取材で行った全国各地でも、地元の人に土葬の有無を尋ねまわった。

しかし日本三大霊場の一つ恐山や、東北地方の即身仏ミイラで名高い出羽三山の村にも土葬は残っていなかった。

和歌山県の熊野古道の村や九州の霊山、福岡県の求菩提山(くぼてさん)など奥深い村でも同様だった。

そのようななかで、奈良県に土葬が残存しているエリアがあることを発見した。それも散発的な一、二の事例ではなく、複数の村で土葬が常時、継続して行われている。奇跡かと思った。

その場所は、奈良盆地の東側の山間部一帯と、隣接する京都府南山城村である。現存する土葬の村に分け入り、数年かけて調査した結果、どの村でもその時点で村全体の少なくとも8、9割が土葬していることが明らかになったのである。

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