新型コロナ、「パチンコ・保健所・夜の街・若者」を敵認定する人々が抱える「深刻な問題」

分断と排斥を超えるには
原田 隆之 プロフィール

都会の人お断り

静岡県御殿場市が、第3波のなかで「一見さんお断り」というポスターを飲食店向けに配布したことも話題になった。首都圏からの来客を減らすために、市長の発案で作成されたものだという。市に寄せられた意見の8割は批判的な意見だったが、「自己防衛だから仕方ない」などという意見が少なからずあったことにも驚かされた。

個人的な経験としては、私は父を亡くして間もないこともあり、お盆に帰れなかったので年末には帰省しようと話し合っていたところ、11月に入って母からLINEがあった。「いつも通っている病院から、年末に息子さんが東京から帰省するなら来ないでくれと言われた。病院に行けなくなると困るので、帰省はやめて」という。

このとき、病院のスタッフは、息子の帰省を待つ母親が、その息子に「帰ってくるな」と連絡をすることの切なさを理解していたのだろうか。そして、私については、東京に住んでいることだけが重要な属性であり、日常的にどれだけ感染防止に気を配っているかなどは一切どうでもいいことだと切り捨てられたことになる。

 

同郷の友人にこの経験について話したとき、てっきり同情してもらえると思ったのだが、彼は「われわれにとっては、都会から人が来るのは脅威だ。間違いなくコロナは外からやってくる。東京はウイルスのなかで生きているような感じだ」と言われた。まさに御殿場市と同じ理屈であるし、とんでもない事実の歪曲も含まれている。

思いがけない意見に対し、私が反論すると「都会に住んでいる人には、われわれの気持ちはわからない。われわれを批判するのは地方軽視だ」と言う。しかし、これは「都会」と「地方」の対立ではない。私が「地方に住む人々」を一括りにして批判したならば、それは彼らがしていることの裏返しでしかない。そうではなく、私は排斥や差別を批判したのだ。しかし、そう説明しても彼は一向に耳を貸さず、結局は「同じ日本語で話しているのに、こんなにも理解してもらえないものか」という捨てゼリフを言われて終わってしまった。

理解してもらえなかったと思うのは私も同じだが、今思えば、このとき「不安」を語る彼に、私は「不満」を語っていた。同じ日本語でも理解し合えなかったのは、それぞれの立場が違うし、気持ちが違うからだ。そして、いくら理詰めで反対しても、それが正論であればあるほど、相手には逃げ場がなくなり感情的な反発が募るばかりだ。

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