新型コロナ、「パチンコ・保健所・夜の街・若者」を敵認定する人々が抱える「深刻な問題」

分断と排斥を超えるには
原田 隆之 プロフィール

分断と排斥

われわれが最も気を付けるべきことは、人の属性に基づく排斥である。若者、夜の街で働く人、医療従事者、都会の人などという属性だけでカテゴライズし、それにあてはまる人々に「危険」のレッテルを貼り、排除することがしばしば見られる。過去の感染症のときのように、行政の側が煽った分断や差別すらある。

たしかに、これらの人々の間で感染者が多かったり、クラスターが発生したりしたことは事実かもしれない。とはいえ、このような人々も、きちんとした対策をしている人のほうが大多数だろうし、感染者よりも非感染者の方が圧倒的に多い。

20代の若者の累積感染者数は、約87,000人であるが、これはこの世代の人口の0.68%に過ぎない。「夜の街感染」という言葉が躍っていたときも、感染者の職業は「昼の街」で働く人のほうがはるかに多かった。また、東京の累積感染者は都民のわずか0.7%。99.3%は感染していない。抗体保有率の調査でも抗体保有者はわずか0.9%だった。

 

第1波のとき、大学が閉鎖され、大学生は授業もサークル活動もできなくなってしまった。その時私は4年生のゼミ生にメールをして、何か困っていることはないかと尋ねてみたが、「単位はすべて取れているし、就職試験に向けて勉強するだけですから、外に出られなくても大丈夫です」という返事が返ってきた。その学生の健気さに胸を打たれたことを覚えている。

出歩いている若者はニュースに取り上げられて、われわれの目に入ってくる。しかし、大多数の若者が自粛して家にこもっていても、それは人目につかない。こうして、ニュースで切り取られた一部が独り歩きしてしまい、「若者」が一括して悪者扱いされてしまう。

このように、感染というきわめて個人的な事象を、安易に何かの属性を有する集団全体にあてはめてとらえることには大きな問題がある。その集団には多種多様な人々がいて、それぞれの行動様式も感染対策のレベルも違うのに、「危険」のレッテルを貼るのは偏見というほかない。

関連記事

おすすめの記事