人類はどこから来てどこへ行くのか? 世界を進化の尺度で眺めたら

熱気にあふれた「伝説の東大講義」から学ぶ
立花 隆 プロフィール

人類の未来の方向性をさぐる

世界はこのあと、どちらの方向に進化していくのか。世界を進化の相の下に見るということは、未来の方向性をさぐるということでもある。

進化は絶えざる変化の蓄積の上に生まれるものではあるが、変化と本質的にちがうところは、それが線形の変化ではなく、非線形の変化を生むということである。

進化はevolution(旋回)であり、変化の上に変化が積み上がる形でスパイラルに蓄積されていく。それはやがて一つの方向性を持つようになる。その過程で変化はアキュミュレート(累積)していき、線形の変化ではないべき・・乗の変化がひき起こされる。

そうなると、その変化の方向性は簡単には読めなくなる。

線形の変化なら、過去を未来に引き伸ばしてみるだけの外挿法(extrapolation)によって未来は容易に予想がつくが、ある日、外挿法では予測もつかない非線形の大変化が突然招来され、世界の様相が一変する。それが進化の本質である。

世界を進化の相の下に見るということは、そのようなありうべき未来の大変化を視野にいれて、現代世界のあらゆる様相のベクトルをにらみつつ、進化の現段階がいまどこまで来ていて、どちらの方向に向かおうとしているのかを慎重に推測して、未来に備えるということである。

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いずれにしても、進化は世代交代の上に進行するプロセスだから、長い時間がかかる。典型的なプロセスは次のように進行する。

一つの再生産系において、一回の再生産(一世代)ごとに少しずつ変異が蓄積していき、その蓄積が一定のリミットを超えたときに、形質を全く変えてしまうような大変化が起こる。

形質を変化させたもの同士が激しい生存競争を展開し、勝ち残ったものは次の再生産で子孫をふやして繁栄し、敗北したものは再生産できずに消えていく(あるいは個体数を大きく減らして細々と生きていく)。

進化のワンステップにどれくらいの時間がかかるかは、一世代の長さと一世代に蓄積される変異の量次第だから、一概にはいえない。

また、何種類かの形質変化者が出そろったとき、生存競争で雌雄が決されるまでの時間とか、一次の決戦では敗者になっても、しぶとく生き残って、それなりの再生産に成功する者の比率など不確定の要因がたくさんある。その要因がみな、単純な予測を許さないから、そう簡単に未来を語ることはできない。

このような進化のプロセスを語るとき、我々はつい生物進化中心に考えてしまい、進化などという超ロングのタイムスケールで起こる現象は、生身の我々には無縁の現象と思いがちだが、進化論的現象は我々の周辺でもいたるところで起きている。

たとえば、経済社会における企業の興亡史や、さまざまな商品の間の激しい市場争奪戦にしても、そこに見られるのは、進化論的現象そのものである。政治の世界においても、文化の世界においても、学問世界においても、同様の現象が見られる。

そこに同じリソースを取りあう幾つかのグループがあり、グループ間で世代を超えての争いが展開されるとき、その帰趨によって、各グループの消長が大きく決定される。するとそこには必ず進化論的現象が生まれ、興亡史が帰結する。

そういう意味において、進化の相の下に見るという見方は、あらゆる局面においてあらゆるものを対象に可能であるし、また、ちょっと長いタイムスパンでものを見ようと思ったら、必ず必要なことでもある。

進化論的ものの見方をすることではじめて見えてくるものがそれぞれに必ずあるだろうが、やはり我々人間にとっていちばん大きな関心を持たざるをえないのは、人類という種にとってこれからどのような進化論的未来が待っているのかということだろう

我々はいま確かに進化の産物としてここにいる。そして、我々の未来も進化論的に展開していくのである。我々がどこから来てどこに行こうとしているのかは、進化論的にしか語ることができない。

もちろん、それが具体的にどのようなものになろうとしているのかなどといったことは、まだ語るべくもないが、どのような語りがありうるのかといったら、進化論的に語るしかない。

そして、人類の進化論的未来を語るなら、たかだか数年で世代交代を繰り返している産業社会の企業の未来や商品の未来などとちがって、少なくも数万年の未来を視野において語らなければならない。

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