建国記念の日に奉納される「蹴鞠」の意味

2月11日は国民の祝日。政府は神武天皇が即位した日を「建国記念の日」と定めている。実は明治から昭和20年まで「紀元節」として当たり前のように祝われていたこの日は、戦後、マッカーサー率いるGHQ(連合国最高司令官総司令部)によって一旦、廃止された。若い世代にはピンと来ないかもしれないが、戦争に負けた日本は、戦勝国に占領され、民主化と称して多くの改革を迫られた。国民の祝日見直しもそのひとつ。初代天皇の即位日を祝う習慣を残せば、天皇を中心に日本が結束を固めてしまう。再び軍事大国になることを懸念したのである。

「建国記念の日」には上賀茂神社で、蹴鞠保存会によって蹴鞠が奉納される。撮影/秋尾沙戸子
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戦後、2月11日が祝日に制定されたのは東京オリンピックの翌々年、昭和41年のことだった。その日、神武天皇を導いた賀茂族の上賀茂神社では、本殿前で神事が斎行された後、境内で蹴鞠(けまり)が奉納されるのだ。

蹴鞠の装束は、鞠水干(まりずいかん)と鞠袴(まりばかま)、頭には烏帽子(えぼし)をかぶっている。彼らが履いている靴は「鴨沓(かもぐつ)」。そこにも鴨が出てくることに因縁を感じるのは私だけだろうか。蹴りやすいように鴨の嘴のような形になっているのが名前の由来だという。

境内では四隅に竹を建てて鞠庭(まりにわ)を作り、鞠足(まりあし)と呼ばれる8人が円になる。「あり」「やあ」「おう」という掛け声が飛び交い、足で鞠を高く蹴り上げながら、ラリーを長く続けるのがポイントだ。一見、サッカーと似ているのだが、時間制限や勝敗はなく、相手が蹴りやすいように蹴って長く続け、蹴るときの姿の優雅さや、靴が鞠にあたるときの音を楽しむのが醍醐味である。鞠を落とせばブザマ。続けるのが美しい。ぎりぎりのところで受けたり、はずしたりするので、境内で傍観者として見ているだけでも、ハラハラドキドキ、案外と興奮する。

1400年前に古代中国から日本に入った蹴鞠は、和歌と並んで平安貴族のたしなみのひとつであった。清少納言も「上品ではないが蹴鞠は面白い」と『枕草子』に書くほど日常的だった。鎌倉、室町の時代に武士の間に広まった。のち江戸時代には庶民の間にも普及し、井原西鶴の好色一代男』には女性が蹴鞠をする場面も出てくる。蹴鞠は津々浦々、半端なく人気の遊びとなった。

現在、私たちが使っている「馬鹿(バカ)」という言葉も蹴鞠と深い関係がある。直径20センチの鞠は、鹿革を裏返して馬の背筋の革で縫い合わせている。つまり、馬と鹿の革が用いられているのだが、当時、仕事を忘れて蹴鞠に夢中になった人のことを、「馬鹿」と呼んだのである。